「カンナちゃーん」
 ぱしゃ。
 呼ばれて仕方なく振り向いた遊志にカメラのフラッシュが襲い掛かる。眩しさに思わず目を瞑ったが、時既に遅し。フラッシュの残像が視界に残っていた。
「よっしゃあ! ナイスショット! オレ!」
 お馬鹿なゴールデンレトリバーがぶんぶんと尻尾を振っている光景が、目の前ではしゃいでいる青年と二重写しに見える。何なんだ、一体。
 とりあえず遊志は自分よりも高い位置にある秋文の頭を殴った。あまりいい音はしなかった。
「ったぁ・・・! なぁにすんだよカンナちゃん!」
「殴った」
「そういう意味じゃなくて!」
 遊志は答えなかった。何となく殴りたくなった、と言ったらこいつは絶対落ち込む。
「で、さっきの何だ? 写真か?」
「ん。ポラロイドカメラ」
 秋文が掲げて見せたのはクラシックなフォルムのポラロイドカメラだ。こいつにしてはいい趣味だ、と思う。
「さっき撮った写真、見せてみろよ」
「もうちょっと待ってな。まだ途中っぽいし」
 そうだった。ポラロイドは撮ってから絵が浮き上がるまで少し時間が掛かるのだった。実際、秋文が差し出した写真はまだ黒いままだ。
「振り向きざまに撮んのヤメロ」
「だってカンナちゃん素直に撮らせてくれなさそーだったし」
 しれっとした顔で秋文が答える。まあ、その通りかもしれないが。
「そういや、何で写真なんか撮ったんだよ」
「ポラロイドのフィルム、生産終了したろ? 何か色々撮ってたら残り二、三枚くらいになっちまってさ。だから最後はオレの好きなもん撮ろーと思って」
 好きなもの、ねぇ。
「で、何で俺を撮るワケ?」
「大好きなトモダチだし?」
「何か鳥肌立ったぞテメェ」
「ひっでえ! カンナちゃんには愛が足りない!」
「そんなもんは初めから無ぇ!」


 下らない言い争いをしているうちに、写真が焼きあがったようだった。秋文が腕を振る度にぴらぴらとはためくそれは、鮮やかな色彩を持っていた。
「見せろ、馬鹿」
「ダチを馬鹿って言う悪い子には見せませーん」
「・・・あのな」
「お、いい感じ」
 無理やり覗き込むと、少し不機嫌そうな自分の顔が写っていた。正直、いい出来とは思えない。しかし秋文は気に入ったようで、にこにこと笑っている。
「おい、どこがいいんだよそんなもん」
「だっていつも通りのカンナちゃんって感じじゃん?」
「・・・まあ、確かにいつも通りかもしれねぇけど・・・」
 いつもこんな顔してるのか、俺は。それはともかく、写真くらい普通に写りたい。
 何となく面白くない。そう思っているのがわかったらしく、秋文がにこりと笑った。
「あと二枚あるんだけどさ、一緒に撮る?」
「・・・野郎のツーショットかよ」
「アハハ・・・でも他に撮るモンないし」
 使い切っちゃいたいし、と続ける秋文に、遊志の方が折れた。カメラは遊志に任せ、少し離れて秋文の横に立つ。
「カンナちゃん、もうちょっとこっち。顔切れちゃうぜ」
「ん」
 秋文がストップ、と言うまで寄る。・・・ちょっと近すぎないだろうか。
「意外と撮れる範囲狭いから近くないと写んない」
「・・・あ、そ」
 秋文が撮るよ、と言った。遊志は少しだけ口角を上げた。




006:ポラロイドカメラ
 こいつらは何だかんだで仲良しなのですと言うだけの話。
 遊志はツッコミがバイオレンスだけども。

2008/07/15