町の一角、多くの家が立ち並ぶ中で一際大きな家がある。
そこは丁度、葬儀が終わった後で、沈んだ空気が流れていた。
 「・・・まさか、親父の病気がそこまで悪かったとはな・・・」
参列者の見送りをしていた三人のうち、赤毛の青年がぽつりといった。
 「そうですね。こんなに早く亡くなるなんて・・・兄さんも思わなかったでしょう?」
呆然と呟かれたその言葉に、隣に立っていた整った顔立ちの青年が答える。
 「ねえ、蒼兄さん、紅兄さん。・・・僕たち、明日からどうするの?」
一番小さな、まだあどけなさの残る少年が、隣に立つ蒼、紅と呼ばれた青年たちに問いかけた。
 「碧はなにも心配すんな。・・・兄ちゃんたちがなんとかしてやるから、な」
 「ええ、碧はまだ難しいことは考えなくていいですからね」
心配そうな顔をしている碧と呼ばれた少年に、兄たちが笑顔を見せた。
 「・・・さ、いつまでもここに立っていてもしょうがねえな。・・・入ろうぜ」
蒼の言葉をきっかけにして、三人は重い足取りで大きな館の中に入っていった。

 「・・・皆さん帰られましたか」
中に入ると、銀髪の男が静かに歩いてきた。
 「ああ、帰った。・・・本当に、お前以外皆帰ったよ」
男の声に、蒼が肩をすくめて答えた。
 「そうでございますか」
 「白銀・・・よかったんですか?ここに残って・・・」
静かな館内で、話し声がやけに大きく響く。
白銀、と呼ばれたその男は微かに首を縦に動かして答えた。
 「・・・よいのです。私がここにいることを望んだのですから」
 「じゃ、白銀さんは僕たちとずっと一緒にいるの?」
白銀のあまり変化の無い顔を見上げながら碧がそう尋ねると、
その顔に微かに笑みが浮かんだような気がした。
 「ええ、おります」
 「しかしまさか、ここまで誰もいなくなるとは思っていませんでしたね・・・」
紅が腕を組みながら辺りを見回し、呟いた。
 「・・・旦那様が生きておられる間だけ、身の回りのお世話をするという約束でしたから」
皆そうでした、と白銀が言った。
 「お前は何で残ってるんだよ」
 「私は行くあてもありませんので」
 「ああ、貴方はそうでしたね・・・」
白銀が頷く。
 「私は身寄りの無い身ですから。どこで生まれたかも分からないというのに、行くところなどございません」
 「・・・あ、そっか、お母さんに救われたって言ってたっけ」
碧の言葉に、白銀はゆっくりと頷いた。
 「はい、『行くあてがないなら子供の世話をして欲しい』と奥様に言われまして」
 「そうだったな・・・。それで、白銀は俺らの保護者代わりだったんだよな」
 「・・・旦那様も奥様もおいでにならないときは、私が参観日に出向いたりも致しましたね」
思い出に浸るように白銀が目を閉じて言うと、蒼がため息をついた。
 「・・・あの後大変だったんだぜ?まだ白銀も若かったから『あれ誰!?』って。
兄貴って間違えるならまだしも、親と間違えるなって話だよなぁ」
 「それでは私は随分と若い父親になってしまうところでございましたか」
 「ああ、そうだな」
思い出したくなかった思い出に、肩をおとして落ち込む蒼を包むように、皆の笑い声が響いた。

 「それにしても、母さんか・・・懐かしいな」
大広間にあるソファに三人で座って、ぼんやりしながら蒼が呟いた。
 「そうですね。・・・碧は覚えていないでしょう。母さんのことは」
 「うん・・・」
 「そうだよなあ、碧を生んですぐだったもんな・・・」
この広い館の中でも一番広い大広間に、たった三人。
物寂しい風が吹きぬけていくような感覚を覚えた。
 「でもね、寂しくないからね!だって、兄さんたちがいるもん」
笑顔で紡がれた、幼いなりに一生懸命考えたのだろう言葉に、兄たちも笑顔になる。
 「碧!お前は兄ちゃんが立派に育ててみせるからな!!」
 「あ、兄さん!私をのけものにする気ですか!?
 碧、兄さんの言う事ばかり聞いていると、学校の成績が下がりますからね!」
 「てめえ、紅!!なに言ってやがる!!」
 「あははは・・・」
紅と碧の笑い声で、一気に館の中が明るくなった。
そこに、規則正しい足音が響いた。
 「蒼様」
 「お、白銀。どこ行ってたんだ?・・・ん?それは?」
白銀の手には、小さな木箱があった。
 「これは旦那様に申し付けられていたものです。皆様にお渡しするように、と」
その白い木箱に吸い寄せられるように、三人は立ち上がった。
 「・・・なんでしょう・・・遺産とかのややこしいことは白銀がすませてくれるんでしたよね?」
 「はい、それとは別のもののようです」
 「みんなに、って・・・箱は一個だよね」
 「私もよくわからないのですが・・・ともかく、開けてみましょうか」
 「ああ、頼んだ」
白銀が白い手袋をはめた手で、そっと箱の蓋を持ち上げた。
 「・・・これは・・・」
 「手紙、ですか?」
 「お父さんが書いたの?」
 「おそらく、そうでしょう」
四人とも、しばし呆然とその手紙を見つめていたが、白銀がそっと手紙を手に取り、蒼に手渡した。
 「読まれたらいかがでしょうか。・・・何か重要な事なのかも知れません」
 「・・・・・・ああ、そうだな」
白銀に促され、蒼がそっと封筒を破る。
 「何が書いてあるんだろう・・・」
 「さあ、わかりません。でも、私たちのことなのは多分、間違いないでしょうね」
碧も紅も、息を詰めて蒼の反応を待った。
 「これは・・・。紅、碧、ちょっと来い!」
 「?・・・どうしたんですか、兄さん」
 「なに?」
手紙を読み終えたらしい蒼が二人を呼び寄せた。
白銀は動じる様子もなく、ただそこに佇んでいる。
 「――今まで俺が育ててきた息子達へ。
 俺は元々の生みの親じゃないが、お前達を精一杯育ててきたつもりだ。
 蒼も紅も大きくなった。碧も色々なことを知った。だから、俺が死んだ後もこの家に残る必要は無いんだ。
 お前たちの父親は、蒼と紅のほうは調べがついている。碧はどうしてもわからなかった、ごめんな。
 この封筒の中のもう一枚の紙に、住所を書いておく。行きたければ行ってみるといい。
 ―――父さんより」
紅がまだ難しい字が読めない碧のために、手紙を読み上げた。
 「・・・馬鹿親父。手紙くらいそれらしい文章で書けねえのかよ・・・」
 「本当に、何も変わらないんですから・・・」
悲しげな、悲痛な顔を隠すように二人は俯いた。
 「・・・・・・兄さんたち、行っちゃうの?」
碧がそっと蒼の袖を引いて、か細い声で言った。
 「・・・この紙の住所にか?」
蒼が封筒の中の一枚の紙をつまみあげた。
紅は不安げな碧の目を覗き込むように屈んだ。
 「まさか、あなたを残して行けるわけがないでしょう?それに・・・ね」
 「ああ、俺も、」
 「私も・・・この家が好きですからね」
最後は、ふわっと笑って。
その紅の笑顔につられるようにして、碧もやっと笑顔を見せた。

しかし、銀の髪の青年がいつの間にかその場から消えていたことには、ついに気付かなかった。



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