降って来た異邦人

 「それでは、参りましょうか」
 「はあい!行ってきます!」
空は快晴、元気な碧の声でそれはいっそう澄んで見える。
 「悪いな、白銀。頼んだぜ」
 「かしこまりました」
 「碧、忘れ物はないですか?」
 「うん、大丈夫」
 「そうですか。いってらっしゃい」
白銀の運転する車に乗り込んで、見送る兄二人を見つめる碧。
 「それでは、出しますよ」
そういって白銀が車のエンジンをかけた途端、異変は起きた。
空が白く光って、何もなかった空間にぱっと現れたそれは、何やら人のようなかたちをしているような気がする。
 「・・・って、人だ!」
蒼がそう叫ぶのと、謎の人物の悲鳴が重なった。
 「う、わあああぁぁっ!!」
地に足が着いていないのだから当然、その謎の人物は落ちてくるわけで。
どさっ、と鈍い音がして、ちょうど車と二人の間に落ちた。
 「う、い、痛ててて・・・」
 「・・・この人、誰?」
 「さあ・・・私たちに聞かれても、ねえ、兄さん」
 「おう・・・」
 「・・・・・・・・・」
しばし呆然として、降って来た人物を見つめる四人。
最初に口を開いたのは紅だった。
 「碧、今日は学校お休みしなさいね」
 「・・・はあい」

 「で?お前は何者なんだよ」
家の中に運び込むやいなや、突然意識を取り戻して騒ぎ出した青年をなだめて、
話ができる状態にまで落ち着かせたところで、蒼が口を開いた。
 「俺の名前は新野栄。・・・なあ、だからさ、ここはどこなんだよ」
 「ニイノサカエ?・・・長い名前だね、お兄さん」
碧が首をかしげて言う。
 「違う違う。栄、が名前。・・・もしかして、ここって、名字とか・・・ないの?」
 「みょうじ?」
今度は紅が首をかしげた。
 「うーん・・・俺がいたところでは、名字とか、姓っていってさ、家族で同じ名字が名前の前についているもんなんだよ」
 「・・・この様子だと、彼がどこか違う場所から来たのは間違いないようです」
 「そうだな、俺らには名字ってないもんな」
白銀と蒼が顔を見合わせる。栄と名乗った青年はしつこく聞いてきた。
 「だからー、ここはどこなんだよ!俺がいた世界じゃないことは確かなんだけどな・・・」
ぶつぶつ言うと、頭を困ったようにがりがり掻いた。
 「・・・どこ、と言われても・・・ねえ、兄さん」
 「おう、説明のしようがないのさ」
 「・・・・・・・・・?」
栄はますます訳がわからないという顔をする。紅が困った顔で続けた。
 「あなたの言葉をかりるなら、この『世界』に名前などないんですよ」
 「なんだって!?じゃあ、あんたらはなんてここを表現するんだよ」
栄が驚いて立ち上がった。さらに白銀が続ける。
 「私たちはこの『世界』の名を口にする必要はないのです。
 ・・・私たちは、自分たちが暮らしているこのまとまりの外へ出ることはないのですから」
栄がさっき立ち上がった時の勢いとは全く違う、力の抜けきった様子で座り込んだ。
 「・・・やっぱり、ここは俺が暮らしてた世界じゃないんだな。もしかしたらって、思ったんだけど・・・。
まあ、いいか。言葉が通じるだけでも充分ありがたいや。俺らの世界は、言葉が通じない人たちがいるからなぁ」
その栄の呟きに碧が反応した。
 「・・・言葉が通じないの?じゃあ、どうやって話をするの?あとさ、あと・・・」
その様子に、蒼が苦笑する。
 「碧が興味津々だな。・・・栄、とかいったか。あんた、とりあえずうちでゆっくりしていかないか。
 これからのこととか、そういうのはもう明日にして今日は楽しくやろうぜ?」
 「そうだな・・・急に飛ばされたからいくところもないし、お言葉に甘えさせてもらうことにするよ」
栄がそう答えると、碧が嬉しそうに瞳を輝かせた。
 「栄さん!さっきの続き教えて!」
 「栄、でいいよ。・・・あんたらもそう呼んでくれたほうが気が楽だな」
碧に手を引かれながら振り返ってそう言う栄に、
 「おう、分かったぜ、栄」
蒼が右手をあげて応えた。



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