御機嫌うるわしゅう


御機嫌うるわしゅう

 「って、なんで人が親切に厄介者を退治してやろうってのに!」
 「彼らにとっては私たちもそれも同じなのだろうねえ」
走りながら栄がそう叫べば、フロウがしれっという。
 「兄さん、どうします!?私たちは彼らを攻撃したいわけじゃない!」
 「と、とにかく逃げろ!!・・・そうだ、あの穴に入れ!!きっとあそこに何かがいるんだ!!」
紅が虫たちの突進を避けながら蒼に問うと、蒼はぽっかりと崖に開いた穴を指して言った。
 「わわわっ!」
 「馬鹿者、早く来い!つぶれるぞ!」
ヴィレが転びかけた碧を抱えて飛んだ。
ばさりと大きな翼を翻し、前を走る蒼たちに追いつく。
 「よし、突入ー!」
蒼のどこかふざけたような掛け声とともに、六人は洞窟になだれこんだ。

 「・・・・・・ふう、やれやれだ。やっぱりあいつら、ねぐらになんかいるから入ってこれないんだな」
蒼が言いながら明るく開いている洞窟の入り口を振り返った。
近くまでは寄ってくるものの、決して中には入ろうとしない虫たちの姿があった。
 「ここにいる虫たちが暴れて獣たちの住みかを荒らし、そして私たちに襲いかかるという、悪循環だったようだね」
フロウが髪をかきあげながら言った。
 「まずは奥まで行く必要があるだろう。こんな表層に何か潜んでいるような気配はない」
ヴィレが言うと、未だ腕の中に収まっている碧がじたばた暴れた。
 「ヴィレっ!!もーっ降ろしてよー!僕自分で歩けるもん!」
碧が頬を膨らませると、ヴィレは苦笑しながら下に降ろした。
 「さて、それでは行きましょうか。いつまでもここにいると、いくらなんでも襲われそうですよ」
入り口を気にしながら紅が言うと、皆頷いて奥へと歩き出した。

 「一本道だな・・・時々部屋みたいなもんはあるけど。たぶん、あいつらの部屋だろ?」
 「いや、もしかすると部屋ごとに何か決まっているのかもしれん。・・・やつらの生態までは、俺も知らん」
蒼が誰にともなく言うと、ヴィレが相変わらずの無愛想な声で応えた。
 「一体、この中に何が・・・」
紅が呟く。
 「もしかして、もっとすっごく怖くておっきい虫だったりしないよね?」
碧が不安そうに言う。
 「ははは、それはないだろうね。それでは、彼らのサイズにぴったりのこの穴には入れないだろう?」
フロウがそんな碧の不安を明るく否定した。
会話の間も、どんどん前に進んでいく。すると、一番前を歩いていた栄が、不意に立ち止まった。
 「ん?・・・・・・やけに、開けた場所に出ちゃったんだけど・・・ここが一番奥か?」
そこはやけに白く、何か布のようなもので覆いつくされている。洞窟の上の方に穴が開いているらしく、
木々がのぞき、日の光が差し込んでいた。
 「なんだ、これ・・・・・・。・・・糸だ!これ、もしかしてあいつらが吐いた糸なのか?」
栄が一歩足を踏み入れたその場所を覆っていたものは、布ではなく糸だった。
しかし粘着性はないらしく、足元でさらさらと鳴った。
少し触れただけで切れる細く光沢のある糸は、光を反射して輝いた。
 「ああ、その可能性は・・・。・・・!」
その時唐突に、フロウがはっと何かに気付いたように息を飲んだ。
 「どうした、フロウ・・・」
 「下がりなさい!」
言うと同時に、前に立つ栄の腕を強く引いた。
 「うえっ!?」
引かれる力が強かったために栄が後ろに倒れこむと、それまで栄が立っていた場所の糸が焦げるように溶け、
煙を上げた。
 「な、なんです!?」
紅が思わず叫ぶ。
 「何かがいたのだよ・・・長いこと生きているが・・・少なくとも、私はあのようなもの見たことがないね」
フロウが部屋の中を見据えたまま言った。
 「ふん・・・いた、というよりは、この場に寄生しているように、俺には見えるがな」
ヴィレも紅い眼をぎらりとさせて、その姿を捉えた。
 「まったく、こんな穴ぐらが好きなんて、暗い人ですね」
紅が毒づきながら碧を庇うようにして立てば、碧が言う。
 「とりあえず、蜘蛛じゃなくてよかったー」
 「御機嫌うるわしゅう、お嬢さん、ってか?」
蒼が見上げる先に、柳のような枝が髪のように垂れ下がった、禍々しい木の化身がぶちぶちと糸を引きちぎりながら現れた。



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