合言葉はマンホール
合言葉はマンホール
蒼の「続きは明日」から、数日が経った。
「・・・・・・なんだってこんなに、何も見えねえんだよ・・・」
ぐったりとする蒼。
「これ以上は無駄ですね。栄、本当にあなたっていう人は・・・」
紅が意味深に言葉を切る。
「・・・お飲み物をお持ちいたしました」
「あ、紅茶だ!ありがとー」
我関せずの白銀と碧。
「・・・・・・・・・もーいや・・・」
もうイヤになってしまっている栄。
本日も絶不調の書斎会議は、最高潮に盛り下がっていた。
議題は、『栄がどんなところから来て、こことの違いは何なのか』から、『元の世界に帰る方法』になっていた。
「栄ー、もう帰るのあきらめたらどうだ?」
「蒼!!他人事だと思って!!」
机に顎を乗せただらしのない姿勢で蒼が言えば、栄ががばっと顔を上げて言い返す。
が、その後力が抜けてがっくりと肩を落とした。
「はあ・・・俺、テストだったんだよなあ・・・まだ二教科しか終わってなかったのに・・・」
どうやらテスト期間の真最中に飛ばされて来てしまったらしい。
「それはそれは」
その辺にあった本を引っ張り出して、完全に読書の体勢に入っていた紅が相槌を打った。
「うう、紅〜!真面目に聞いてくれたっていいじゃんか!!」
栄がばんばんと机を叩いて抗議する。栄の隣に座っていた碧が、くいくいと袖を引っ張った。
「ねえ、続きはあとでにして、とりあえずお昼ご飯食べない?」
完全にやる気の抜け切った兄たちを示して、更に言った。
「もしかしたら、ご飯食べてたら兄さんたちも何かひらめくかも?」
「・・・それは、どうかと・・・」
碧の言葉に白銀が何事か呟いたが、栄は聞かなかったことにした。
「よしっ、みんな!!飯にしようぜ!!」
栄の一言で、皆はぞろぞろと食堂に向かった。
「・・・そういえば俺、妙な話聞いたんだよなぁ」
白銀特製のパスタを食べながら、蒼がきりだした。
「妙な話?」
栄が期待半分諦め半分の声で聞き返した。
「いやなぁ、『変な集団がこの辺にいる』っていう話だよ。そいつらはなんか黒くててかてかのマントを着込んで、
顔もフードの陰に隠れて見えない不気味な奴ららしい。別に悪さはしてねえみたいだが・・・」
紅が食べる手を止めて考え込む仕草をした。
「・・・何か、探しているのかも知れませんね。例えば・・・そう、」
「栄とか?」
紅の言葉を引き継いで、碧が言うと、
「ま、マジ?俺?・・・うあーシャレになんない・・・」
栄がおかわりを頼みながら頭を抱えた。
「だって俺、あれだぜ?あっちでも追われてたんだぜ?・・・まさか、あいつらがこっちにまでとは、考えられな・・・くも?」
またいつかのように栄が語尾を変に切った。
「栄、お前まさかまた何か・・・」
「いや、違う違う!!考えられないわけじゃないだろ、それは!!
だってさ、俺は現にこっちにいるんだし、あいつらが来れても不思議じゃないだろってことだよ!・・・あ!!」
今までばたばたと手を動かして力説していた栄の動きが、ふいに止まった。
「・・・?いかがいたしました?」
おかわりを持ってきた白銀が不審に思って尋ねる。
「マンホール・・・そうだ、マンホールだ!!」
思い出した、といって手をぽん、と鳴らした。
「あいつら、俺がこっちに飛ぶ間際に確かに『マンホール・・・』って言った!!それは間違いない!!」
晴れ晴れとした、いかにも嬉しそうな顔で、栄は何回も「マンホール」と言っている。
「・・・でも、何の意味があるのかなあ?」
碧は何の悪気もなくそう言ったのだが、場は重い空気に包まれた。
「そ、それを言うなよ〜・・・」
「・・・振り出しに戻る、ですか?」
「栄様・・・」
蒼、紅、白銀の三人がため息混じりに言う。
「うっ、白銀までそんなあ・・・」
栄は他の情報も記憶から捻り出そうと、唸りだした。
「う〜ん・・・マンホール・・・マンホール・・・・・・・・・?あ!!そうか!!」
またひらめいた顔で、栄がぽんと手を鳴らした。
「どうしたの?」
「何かわかりましたか?」
碧と紅が身を乗り出す。
「マンホール、そうだよ、俺マンホールの上に立ってた!!」
とてもとても嬉しそうなぴかぴかの笑顔に、また三人は、いや、碧も加えて四人はため息をついた。
「な、何だようみんな!!もしかしたら、マンホールがキーワードかも知れないだろ!?」
「ないない」
栄の言葉を即座に蒼が否定した。
「・・・いえ、兄さん。ありえない話でもないかも知れませんよ・・・」
「どうして?」
紅の言葉に、碧が首をかしげた。
「もしそのマンホールが、たまたまその謎の集団の手でマンホールに擬態していた転移装置のようなものだったら、どうです?」
「・・・その可能性は、ございますね・・・」
鋭い紅の考えに、白銀が微かに目を見開いた。
「なるほどな・・・さすが紅だ!!よーしこうなったらマンホールというマンホールを全部」
「調べるとは言いませんよね?兄さん」
「う・・・」
立ち上がって即座に飛び出していきそうな雰囲気の蒼を、紅が牽制した。
「いくらか、絞り込むことができなければいけないでしょう。それに、この町にあるマンホールとは限らないわけですし」
紅のもっともな意見に、栄ががっくりとうなだれた。
「ああ〜そうかあ・・・この町ばかりじゃないんだよな、きっと」
「ええ、私たちは外の世界を知らないので、こればっかりはどうにも言いようがないのですけれど」
「一度、思い切って出てみましょうか?」
白銀が食べ終わった後の食器を片付けながら言った。
「ええ、いつか出てみる必要はあるでしょう。・・・でも、今じゃなくてもいいわけです。
もう少し事態の様子を見守る必要がありそうですから。・・・兄さんの言っていた、『謎の集団』も気になりますしね」
紅の穏やかな声は、やけに静まり返った食堂内にふわりと柔らかく響いた。