小休止 銀




白銀は一人、裏庭に佇んでいた。
時折風が吹いて、綺麗に編まれている銀の髪を揺らす。
今頃あの兄弟は三人で仲良く話でもしているのだろうと、大方の見当をつけて手紙を渡した後にそっと出てきた。
そこにあるのは、石碑だった。奇妙な位に白い石に、名前が彫られている。
白銀はそこに同じように白い花を一輪、そっと置いた。
 「あなたは・・・白が、お好きでしたね・・・」
思い出を語るように、柔らかに石碑に語りかける。その石碑は、墓碑だった。
その墓碑は白いがところどころ傷があり、多少古いもののようだった。
 「銀、と呼ばれていた私に、白銀という名を下さったのもあなただった・・・」
そう言って、墓碑の前に片膝をついた。その白い石の上に落ちてきた葉を払う。
 「・・・・・・・・・」
いつからか、黙り込むことが多くなった自分を笑うように口元を歪める。
 「何故、私は・・・――様・・・」
掠れた声で呟いた名前は風にさらわれ、白銀自身の耳にも入らなかった。

 「白銀さん?こんなところにいたの」
がさがさと音がして、茂みが揺れたかと思うと、そこから碧が現れた。
 「・・・ええ。あなたこそ、どうしてここに」
立ち上がり、振り返ると碧は心配そうな顔をしていた。
 「うん・・・猫を見なかった?真っ白くて、小さい猫なんだけど」
その猫を探していると、碧は言った。
 「白くて小さい猫・・・ですか?」
 「そう、それでね、怪我をしている猫だよ。僕、治してあげたくて・・・」
 「・・・逃げていったのですか、その猫は」
白銀が淡々と言うと、碧は頷いた。
 「うん。・・・怪我をしているから、そんなに遠くまで行ってないと思うんだけど・・・」
その時、がさっと茂みが動いて、白い影が白銀の後ろを横切った。
 「あ!」
 「?」
碧が指差したが、白銀が振り返るころには猫の姿は消えていた。
 「・・・さっきすぐ後ろを通ったんだよ。まだこの辺にいるかな・・・」
 「・・・・・・上です」
碧が懸命に下を探していると、白銀が上を指した。猫は、木の上に登っていた。
白い毛に滲む赤が痛々しい。
 「あ、ホントだ!!・・・どうしよう、僕木登りなんてやったことないよ・・・」
蒼兄さんならあるかも、などと碧がぶつぶつ言っていると、白銀が手袋を外し、厚い上着を脱いだ。
透き通るように白い左手の甲に、大きく斜めに裂かれたような古い傷があった。
 「白銀さん?・・・の、登るの?大丈夫?」
 「そんなに高い木ではありませんから、大丈夫です」
登ったときの高さを想像したのか、顔をひきつらせて碧が言うが、気にも留めないように白銀が答えて、木に手をかけた。
それから先は、あっという間だった。
丁度いい太さと高さの枝を瞬時に選んで、するするとまるでそれが当たり前のように猫のいる枝まで来てしまった。
 「白銀さん、すごーい!!」
碧が下で手を叩いている。
 「・・・・・・おいで」
白銀の柔らかな呼びかけに答えるように、猫は伸ばされた手に顔をすり寄せた。
ふわふわと軽い猫の毛の感触に目を細めると、そっと片手で胸に抱いた。
 「今参りますから、少し離れて下さい」
真下にいる碧に向かってそう呼びかけると、碧は頷いて小走りで後ろに下がった。
その空いた場所に、白銀が音も立てずに飛び降りてきた。碧がその傍に駆け寄ってくる。
 「白銀さん、すごいね!!猫みたいにするっと降りてきて!!」
 「・・・この猫、まだ子猫のようですね。どうりでまだ小さいし、毛も柔らかい。怯えて逃げ回っていたのでしょう」
真っ直ぐな視線を避けるように、目をそらす。
 「外は寒いですから、中に入って怪我を治療してあげれば元気になりましょう」
 「うん!!ありがとう!!」
白銀の腕の中で丸まっている猫を渡すと、碧は嬉しそうに笑った。
 「・・・・・・私は・・・」
小さく、呟くように言った。
 「? 白銀さん、今何か言わなかった?」
 「いえ、何も・・・」
その声は、碧には聞こえなかったようだった。
それに安堵したように、白銀は微笑んだ。



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