秘奥義・猫かぶり


秘奥義・猫かぶり

 「それでは、またここで」
 「ちゃんと働いてこいよっ!」
紅、栄とだんだん人が散っていく中、ヴィレと碧が残った。
 「・・・お前一人では危ないな。俺と来るか?」
 「うんっ、じゃあそうするー」
腕組みしながら見下ろすヴィレの、やれやれと言いたげな表情もものともせず、碧は元気いっぱいに手を挙げて応える。
 「言っておくが、俺はこの町では別の、人間として振る舞うからな」
 「うんうん、その態度もどうにかした方がもっとばれないと思う」
 「き、貴様・・・」
やはりあの兄弟の中にあれば似てくるものか。
その碧の仕草に蒼、紅に似たものを見出し、ヴィレは内心苛立った。
 「・・・行くぞ」
そこは年上、子供を怒鳴りつけていたら、またしても目立つだろうと自分を落ち着かせ、歩き出した。

 「あのうー、すみませんっ」
町の中を歩いていると、人が思いのほかたくさん出歩いていて、色々な人に出くわす。
その人たちに積極的に声をかけているのは、やはりというか何と言うか、碧のほうだった。
 「はい?どうしたの、ボク」
まだ若い女性に声をかけた碧に、ヴィレはこっそりため息をついた。
 「・・・あのように若くては、何も知るまい・・・」
聞こえない程度に小さく呟く。
 「あのね、僕たちいろんな町を旅して歩いてるの。それで、ここの次にどこに行けばいいかなーって、聞いて回ってるの」
 「そうね、それなら、南にまた違う大きな町があるわ。ときどき、そこから商人さんが仕入れにくるから・・・」
うんうんと頷きながら話を聞いて、それに答えた女性が、大きな紙袋を抱え直した。
その拍子に、リンゴが二つ、転がり出た。
 「あっ」
それを反射的に拾ったのは。
 「あ、ヴィレ、ナイスー」
ヴィレだった。
 「すっ、すみません!!ありがとうございます」
女性にリンゴを手渡す。「気をつけろ」とでも毒づくかと、碧ははらはらしていた。
 「・・・いえ、大丈夫ですかお嬢さん」
にこり。
 「えっ、えええっ!?」
碧が目をいっぱいに見開き、息を飲んだ。碧にはヴィレの背後に、薔薇が見えた。・・・ような気がした。
 「は、はい・・・本当にありがとうございます・・・」
女性の目がうっとりしてきたような気がする。
 「ちょっと、どうしたの、ヴィッ・・・」
がすっ、と頭を軽く小突かれて、碧は黙った。黙ってろ、というオーラがヴィレからじわじわ出ている。
 「この程度、何でもありません。貴重なお話を聞かせていただいて、こちらこそお礼を申し上げなければ」
にこにこ。紳士的な笑顔を浮かべて、丁寧にリンゴを女性の手に持たせた。
それからまた二言三言と言葉を交わし、情報を聞き出す。
 「・・・・・・・・・ヴィ、ヴィレ・・・?」
 「それでは、私たちはこの辺で。またご縁があればお会いしましょう」
隣で青い顔をする碧を無視して、笑顔をキープしながら女性に別れを告げる。女性は顔を真っ赤にしながら、
握手して走り去っていった。
遠くから、黄色い悲鳴が聞こえた。
 「・・・ありえない」
 「・・・・・・ふん、行くぞ」
女性の姿が見えなくなった途端、すっかりいつもの仏頂面に戻って、ヴィレがばさりと長い外套を翻した。



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