小休止・薔薇の里恋物語 3


薔薇の里恋物語・3

 「兄さん、ちょっといいですか?」
 「ん?何だよ、栄ならもうとっくに寝たぞ」
しばらく経って空がだんだん朱から紫に染まりかけた頃、紅と碧はそろって蒼に声をかけた。
蒼は一日中ごろごろしていたらしく、頬にクッションのしわの跡がついていた。
 「いえ、兄さんに用なんです。碧が外に忘れ物をしてしまったらしいのですが・・・一緒に取りに行ってあげてくれませんか。
 私は今丁度手が離せなくて・・・」
もちろん、大嘘である。それをしれっと心配そうな顔で言うことが出来るのは、紅ならではというか、なんというか。
 「帰ってくる頃には真っ暗でしょ?僕、怖いもん」
碧も不安そうな顔をしてみせるが、少し口もとが笑ってしまっている。しかし弟、特に碧には甘い蒼は簡単にだまされる。
 「お、そっか。じゃあ、兄ちゃんが一緒に行ってやるよ」
そう言ってぽんぽんと碧の頭を撫でる蒼に、碧はごめんねと心の中で呟いた。

 「おい、碧ー、まだか?」
 「うん、もっとこっち!」
とことこと軽く走り、シーラが待っているはずの木まで、蒼を誘導する。
小高い丘の上に、シーラの姿はない・・・ように思えた。
 「あれ・・・シーラさん・・・?・・・・・・あー、いた!!」
 「は、恥ずかしいわ・・・こんなに近くまで来るなんて・・・」
シーラは太い木の幹から、顔を三分の一だけのぞかせていた。
 「もう、仕方ないなあ・・・あれ?」
不意にシーラがぽん、と木の陰から押し出された。その時少しだけ見えた服の裾に、碧は見覚えがあった。
 「・・・ま、いっか。はい、兄さん!!この人の話聞いてあげて!」
そう言って蒼の後ろに回り、ぐいっと力を入れて蒼を押し出した。
 「え?あ、おい碧!忘れ物は!?」
 「えー?何のことー?」
しらばっくれて、茂みの中に消える。そのままシーラを押し出した人物がいると思われる場所まで移動した。
 「・・・紅兄さんに聞いたの?」
 「ふふ、蒼には秘密だよ」
人差し指を唇に当てて片目を瞑って見せたフロウに、碧が笑顔を見せた。
 「・・・あんたは?」
 「わ、私は・・・し、シーラ・・・です」
蒼の視線に、シーラが真っ赤になり俯く。スカートをぎゅっと握り締めるその姿は、純情そのもの。
 「・・・だっ・・・だめだわー!!私、やっぱり恥ずかしいー!!」
そのまま顔を両手で覆って逃げ出そうとするシーラを、何とかしてこの場にとどめようと、碧が一歩足を踏み出した。
 「シーラさ・・・」
 「シーラさん!!」
 「シーラ!!」
その時、シーラの両側の茂みから、二人の人物が飛び出した。
 「なっ・・・紅!それに、フロウ!?」
 「シーラさん、何ここまできて逃げ出しているんです!ここまできたら、言うことはひとつでしょう!」
 「そうだ、紅の言う通りだよ。ここまできて何もしないで逃げては、勿体ないと思うけどね」
二人に両サイドからがしっとつかまれ、再び蒼の正面にずるずると連行されるシーラを見て、碧が呟いた。
 「・・・フロウ・・・秘密の意味ないし・・・。紅兄さんも、何だかんだ言って来てるんじゃない・・・」
 「おい、待てって。・・・何でお前らここにいるんだよ。手が離せないんじゃなかったのかよ?」
どうやら二人とも、蒼に同じ言い訳をしていたらしい。
 「まあ、それはそれ、これはこれで。・・・兄さん、シーラさんの話、聞いてくれますよね?」
 「そうそう。細かいことを気にしていると大きくなれないよ。シーラはこの里一番の照れ屋でね。すぐ逃げ出すのだよ」
 「長・・・それに、紅さん・・・」
シーラは呆然と二人を交互に見上げ、それから正面を向いて、蒼を真っ直ぐに見据える。
 「私はシーラ。・・・ひ、一目見たときから・・・あ、あなたが・・・」
それから次の言葉をなかなか言えずに口ごもるシーラを見かねて、フロウが口を出した。
 「何だい、そんなことで照れていたら駄目じゃないか。好きなんだろう?」
 「おっ、長っ!言っちゃ駄目ですーっ!」
 「はははは」
 「え」
 「あー・・・」
シーラがフロウをがくがく揺さぶり、蒼が驚きの表情で固まり、紅と碧が頭を抱えた。
 「・・・あんたが?」
 「は・・・はいっ」
蒼が尋ねると、シーラは背筋を伸ばしてきりっと返事をした。
 「・・・・・・悪いけど、俺、今は・・・それどころじゃないからさ」
まあ、当然の反応。命からがら逃げ出して、旅の途中なのだから。
 「そうね・・・そうよね・・・。ありがとう・・・」
しかし、シーラは艶やかに微笑んだ。これで美しく解決、と行けばよかったのだが。
 「ちょっと兄さん!それはないんじゃないですか!シーラさんは本気ですよ!」
 「なっ、何だよ紅!!俺にここに定住しろっていうのか!?」
 「いいじゃない、後は僕たちで何とかするから、ねっ!」
 「ねっ、じゃない!碧、紅に最近似てきたぞ!?」
 「後のことは任せたまえ。いやあ、里に住人が増えるのはいいことだねえ」
 「フロウ!勝手に話を進めるんじゃねえ〜っ!」
辺りはいつの間にか暗くなり、星が瞬き始めていた。
その下で、蒼の怒号と四人の楽しげな笑い声が響いていた。



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