からこた


「ね、何恥ずかしがってるんだよー、小太郎」
白迅がにやにやしている。
「・・・・・・・・・」
唐紅は相変わらずの無表情で、小太郎の目の前に佇んでいる。
「うう、だって・・・そんな急に・・・」
焦る小太郎。
事の発端は、小太郎たちが唐紅を訪ねてきたときにさかのぼる。


「かーらさんっ!!・・・ありゃ、また寝てる」
小太郎が実際に唐紅の楓を見たことがないというので、白迅と一緒に唐紅の楓までやってきたのだが、
当の唐紅はというと、木の下で眠っていた。
「うーん、コレは当分起きないなあ・・・。息の深さがハンパじゃないもん。
小太、ちょっと僕たちも木の陰でまったりしようよ〜」
「うん、仕方ないか。そうしよう」
唐紅は迂闊に起こすとかなり機嫌が悪い。機嫌を損ねて変な幻を見せられてはたまらないと、
小太郎たちも木の陰でゆっくりすることになった。
「・・・はー、この辺の森は空気がいいねえ〜。紅葉も綺麗だし」
「うん、唐紅さんがいっつも寝てるのも分かる気がする」
木の幹に寄りかかって、上を見上げると、赤や黄色の葉が屋根のように広がっている。
「・・・・・・小太、『からくれないさん』って、いつも言っててさ、舌噛みそうにならない?」
「え?・・・あ、いや、ちょっとは言い辛いなあ〜とは、思うけど」
急に話を振られ、小太郎は少し動揺した。
「いや〜、僕もさ、最初は頑張って呼んでたんだけど、舌が回らなくなっちゃってさ〜。
仕方ないから縮めて、親しみも込めて『からさん』って呼んでるんだけど。小太郎もそうしたら?」
「え?・・・・・・だって、そんな。最初に呼んだ呼び方、急に変えるのも照れくさいよ」
小太郎が仄かに顔を赤くして俯くので、白迅はだんだんにやにやという笑いが出てくる。
「そんなに照れなくてもいいじゃないか〜。ちょーっと『からさんv』って呼んでみたら、いいだけなんだし〜」
もしかしたら喜ぶかもよー、と白迅に言われ、小太郎は照れ隠しの意味も含めて白迅を小突いた。
「うるさいよ、白迅!僕がどう呼ぼうと、白迅には関係ないじゃないか」
「いやいやいや!!僕には関係なくても、からさんにはあるじゃん?もしかしたら、からさんだって、
小太に親しげに呼んで欲しいとか思ってるかも知れないわけなんだしさ」
ね?と白迅に笑顔で言われ、小太郎は今度こそ顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
唐紅と小太郎、実は相思相愛であるのだが、それを知るのは唯一、白迅だけである。
他の神は知らない。白迅には、小太郎が口を滑らせたことで知られてしまったのだが。
今となっては、二人のよき相談相手もといかきまわし役である。
「さてと、そろそろ折角遊びに来たんだから、話くらいはしていきたいよね、小太郎!!」
「な、何で僕に言うんだよ・・・」
ぱんぱんと服の汚れを払い、白迅が立ち上がって唐紅に歩み寄る。
「かーらさーん!!起きてよ、僕ら折角来たんだよ〜?」
すると、大分眠りは浅くなっていたのか、唐紅はすぐに起きた。
「・・・・・・・・・白迅。小太郎も、来ていたのか。・・・気付かなかった。すまない」
ぱちぱちとまだ眠そうに瞬きをしている唐紅に、小太郎が言った。
「いえ、あの・・・起こさないようにしてたんです。だから、謝らないでください」
そこに白迅が、ぼそりと小太郎に耳打ちした。
「小太、ほら、『からさんv』って、呼んであげなよっ」
「!!」
忘れかけていた話題をぶり返されて、小太郎は真っ赤になってばっと白迅を振り返った。
すると白迅は、にっと笑った。
「う・・・こ、こいつ〜・・・」
そして、今の状況に至る。


「あ、あの、その・・・」
「?」
ついに小太郎が口を開いた。白迅が目を輝かせ、唐紅は不思議そうな顔をした。
「か・・・から、さん?」
「!」
「も、もう駄目だ〜〜っ!!」
真っ赤になり小声ではあったが「からさん」と呼ぶことに成功した小太郎と、僅かに目を見開いた唐紅。
しかし当の小太郎は、そのままくるりと方向転換して走り去ってしまった。
「あっ、こ、小太〜!!?あ、からさん!!ええとこれは・・・」
「白迅。・・・お前が何か変な事を吹き込んだのか」
目だけを動かして白迅をちらりと見た唐紅の視線に負け、白迅はため息をついて降参とばかりに両手を挙げた。
「うう・・・わかった、わかりました。あらすじ全部話すからそんな顔しないでよ〜、からさん」


「は、恥ずかしい〜っ!!」
いまだ森の中を全力疾走中の小太郎。恥ずかしさが少しでも紛れれば、と思うがなかなかそううまくはいかない。
息も切れ切れになってきたところで、ようやく立ち止まる。
「・・・・・・絶対、変に思われたよ・・・」
肩で息をしながら、座り込んで呟く。
木々の間から降り注ぐ木漏れ日が小太郎を照らす。
しばらく木々の揺れる音を楽しんでいた小太郎だが、落ち着いたところで立ち上がり、服の汚れを払った。
「・・・戻らないとな。急に逃げ出して来ちゃったし」
気は乗らないが、きっと心配されているだろうと思い、一歩踏み出した。
「・・・小太郎」
「わっ!?」
その時、急に背後から優しく抱きすくめられ、小太郎は慌てた。
唐紅だった。空間転移を使って小太郎のところまで来たのだろう。
「か、唐紅さん・・・あの、その、さっきのは・・・」
「白迅に聞いた。・・・素直なのはいいが、あやつの言う事をいちいち真に受けていては、身がもたぬぞ。
聞き流す位が丁度よい」
「あ、ははは・・・」
白迅の扱いは慣れているのだろう。唐紅の少しきつめの助言に、小太郎は乾いた笑いを漏らした。
「・・・逃げずとも、我は不快とは思っておらぬ。初めて白迅以外にあのように呼ばれたが、中々、よい響きだ」
普段より少し柔らかいような気がする唐紅の声に、小太郎はまた照れくささを覚えて身じろぎする。
「あ、あの・・・唐紅さん、その・・・そろそろ、放してください」
「何故だ?」
「・・・見えないと、何だか声がいつもより聞こえるような気がして・・・」
例の「恥ずかしい」というやつなのだろうと、唐紅はふと思って、納得した。
小太郎は何かというと照れてしまう性分らしい。
唐紅は小太郎の耳元に口を寄せ、静かに囁いた。
「・・・・・・・・・次来た時は、遠慮なく起こしなさい。
・・・我は夢より、お前のいる現の方が心惹かれるのだ・・・小太・・・」
小太郎の耳がみるみるうちに真っ赤になったのを見て、唐紅は少し微笑み、
来たときと同じように空間転移で音もなく姿を消した。
「・・・ひ、卑怯だよ・・・。唐紅さんこそ、白迅に変なこと吹き込まれたんじゃないの・・・?」
真っ赤な顔で力なく座り込み耳を押さえる小太郎に、今度は別な方向から呼ぶ声がした。
「おーい、小太ー!!・・・あ、いたいた!!・・・・・・どうしたの?」
真っ赤な顔で耳を押さえて座り込んでいる小太郎に、白迅が不思議そうな声を出す。
「・・・腰抜けたかも・・・」
立てない、という小太郎に、口笛を吹いて白迅は笑った。
「やるじゃん、からさん」


「・・・絶対!!お前何か唐紅さんに吹き込んだだろ!!」
何度そう言っても否定する白迅に、帰る道すがら小太郎がこう言ったのは、もう5回目を数える。
小太郎を背負って歩く白迅に、小太郎は唐紅に何を言ったのかしつこく聞いていた。
流石に白迅も、ここまでくると小太郎の根気に負けるのだ。
「もー、わかったよ〜。何で二人とも、僕の口を割らせるのがうまいんだよ〜・・・。ま、いいか。
僕はね、『自分が思った事を率直に伝えてあげないと、小太は鈍いからわかってくれないよ』って、言っただけ。わかった?」
変なことなんて言ってないよ、という白迅に答えず、小太郎はふと考えた。
「もしかして・・・その台詞そのまま受け取った・・・のかな?唐紅さん」
「えー?ということは、からさんの本心言われて、小太郎は腰抜かしちゃったわけ〜!?何言ったの・・・からさん」
白迅がそう言うと、小太郎は慌てた。
「なっ、ち、違うよ・・・唐紅さんがあんな・・・!!あ」
「あんな?」
慌てて小太郎は口を押さえるが、小太郎の口が思わず滑ったのを、聞き流す白迅ではない。
「あ・・・えーと、うん。・・・ほら!!早く帰らないと、ご飯に間に合わないよ!」
「えー!!ずるいよ、小太!!僕にはしゃべらせといて、キミは話さないなんてナシだよ〜!!」
白迅の言い分はごもっともだが、小太郎はこれだけは言うわけにはいかないと、固く決心していた。

原因は、白迅の言葉に含まれたことば。
ちょっと可愛い響きの、小太郎の別のよびかた。






魅惑のセクシーボイス唐紅(ぼそ)