からこた


「唐紅さん唐紅さんっ!!」
楓の木の下に戻ろうと歩いていた唐紅を、呼び止める声がする。
振り返ると、姿はなし。
「…?」
「えいっ」
「!!」
ぼすっ、と腰の辺りに軽い衝撃。
驚き目線を下に移すと、焦茶の髪が見えた。
「唐紅さん!僕です」
「小太郎」
にこりと笑って上げられた顔をみれば、確かに小太郎であった。
どうやら近すぎて見えなかったらしいと納得し、唐紅は小太郎の頭に手を乗せ軽く撫でる。
「どうした、小太郎。我に用事か」
「そういうわけじゃないんですけど、歩いているのが見えたから」
楽しげに笑って、手を離す。今日は機嫌が良いらしい。
制服を着てリュックを背負っているところを見ると、下校途中であるようだった。
「そうか」
それに僅かに微笑を返して、唐紅が頷く。
「はい、そうなんです。…でも、唐紅さん…」
言葉を切って、不満げに少し口を尖らす。
「僕のこと、見えなかったんですか?最初気づいてないみたいだったし」
そりゃあ小さいけど、と小太郎がぶつぶつ言うので、唐紅は少し苦笑しながら謝った。
「すまぬ。見えなかったようだ」
「も〜…正直なんだからなあ、唐紅さん」
口調は咎めるようだが顔が笑っているのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
すると小太郎は何事か思いついたような顔をして、それからにこりと笑った。
「唐紅さん、ちょっとちょっと」
そう言って手招きする小太郎を不思議に思いながらも、唐紅は少し屈む。
「んー、もうちょっと何とか」
何をするか分からないながらも、唐紅はどこまで低くすれば良いかと考え、ふと思い立ち。
「…これで良いか?小太郎」
しゃがんで下から小太郎を見上げる。
いつも前髪に隠れがちな双眸が上を向いたことで露わになり、正面から見据えられる。
「えっ…と、はい、いいです…」
途端に真っ赤になって目を逸らす小太郎に、唐紅は微笑んだ。
「それで、我に何を求める、小太郎」
「もー…折角僕がびっくりさせようと思ったんですよっ」
言いながら唐紅の首に手を回し、ぎゅっと抱きついた小太郎に、唐紅は喉の奥で楽しげに笑った。
「…今ので充分に驚いた。…小太郎」
「え?あ、うわわっ」
小太郎の背中に手を回すと立ち上がった唐紅に、慌てて小太郎は縋り付いた。
「そろそろ日も落ちる、帰った方がよかろう。送っていく」
「え、あのっ、唐紅さんっ…このままですか!?」
抱きかかえられた状態で歩き出されてしまった小太郎は焦るが、唐紅はしれっとして言った。
「いけないか」
「……人が来たら下ろして下さいね」
口ではそう言いながらほんの少し強められた腕に、唐紅は微笑んだ。






もうどうにでもなるがいい〜(やけっぱち)