からやたその2


「・・・・・・八魂」
珍しく朝、唐紅は目を覚ました。
見上げれば、自らの本体である楓が、過ぎ行く季節に従い葉を落としている。
そのまま視線を下げると、薄く開いた視界にまず入ったのは、きつね色のふわふわとした毛。
それが髪だと気付くのに、数秒。
さらに自分の膝に頭を乗せて眠っている八魂の髪だと気付くのに、また数秒。
それからようやく、一声掛けたのだった。

「・・・・・・・・・」
どうりで目も覚めるはずだ、と唐紅は息をつく。
八魂の頭の重みで安眠が妨げられたのだ。
「・・・八魂。・・・・・・起きろ、八魂。動けぬ。・・・落としてしまっても良いのか」
そう声を掛けるが、唐紅本人はぴくりとも足を動かさない。
乱暴に振り落とすことも出来るが、そうはしない。
代わりに、その丸まった背に優しく手を添える。
そのまま、そうっと静かに前かがみになり、時折ぴこぴことせわしなく動いている狐の耳に口を寄せる。
「・・・・・・八魂・・・」
故意に熱を含ませたような声色で、名を囁く。
「・・・っ!!っひゃああ!?」
驚いて飛び起きた八魂は、状況が把握できないのか顔を真っ赤にして耳を押さえ、辺りを勢いよく見回した。
その視界に入ったのは、微かに満足げな色を浮かべる赤い髪の。
「〜〜〜唐紅っ!!いじわるだ!いじわるだぞっ!!」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ八魂に軽く耳を塞ぎながら、唐紅は静かに言う。
「・・・お前が我の膝で寝ていたのがそもそもの原因であろう」
何故ここで寝ていた、と唐紅が言えば、八魂は打って変わってにこりと笑った。
「唐紅が寝てたから!」
「・・・理由にならぬ。何故我が寝ているからといってお前も寝るという事に・・・」
言いかけた唐紅を遮って八魂は更ににこにこと笑う。
「ホントは遊びに来たんだけどな、寝てたから起こさないようにしようと思って、そしたらな!」
「・・・いつの間にか寝ていたのか」
「そう!!」
通じた、と笑う八魂に、唐紅も微かに笑う。
八魂は話を整理するという事を中々しないため、時々話が通じないことがある。
「ん〜・・・びっくりして途中で起きたから、まだちょっと眠い」
そう言って目を擦る八魂の手を、唐紅がそっと掴む。
「?」
どうしたのだろう、と八魂が思う暇も無く、唐紅はその手をすっと引いた。
「わわわっ!」
引かれるまま降り積もった楓の葉に倒れこむ形になって、八魂が慌てると、一緒に唐紅も横たわっていた。
「・・・ならば眠ると良い。我も、もう一眠りしよう・・・」
言うと目を閉じてしまった唐紅に、八魂は楽しげに笑う。
「うんっ!・・・寒いから、もうちょっとくっついても、いいよな?」

「・・・・・・・・・」
唐紅が目を覚ますと、日が落ちかけて空が朱に染まっていた。
頭上に枝を広げる楓から降る葉も、朱や紅。
赤く染まった景色に目を細め、隣に目をやる。
唐紅の腕にその腕を絡め、未だ穏やかな寝息を立てる狐色。
その寝顔に少し微笑み、髪を指先で軽く梳くと、その白く長い指を閃かせる。
楓が舞い、後に残ったのは降り積もった暖色の波。






からさん、術で姿を隠しました(笑)