しろさか文3


白銀は自室で、机を前に真剣な顔をしていた。
縁のない眼鏡が、灯りの柔らかな光を反射する。
横に積まれた厚い表紙の本は、未だ手をつけられずにいるもの。
目の前に広げられているものもまだ半分以上残っているようだった。
「………」
微かにため息が漏れるが、目は文献から離さない。
何故こんなことをしているかと言えば、この世界のことを調べるため。
誰に頼まれたわけでもないのだが、知っておくべきことは多いのだから調べるに越したことはない。
静寂の中で、紙をめくる微かな音だけが不規則に響く。
その時、遠くから音が聞こえた。
扉が静かに開かれ、閉じられる、僅かな音。
それがどこから聞こえてくるのか分かってしまって、白銀は知らず口元が緩むのを感じた。
なるべく足音を立てないように、そうっと歩く気配。
やがて扉が開かれると、そこには思い描いた通りの影。
「白銀…まだ、起きてた?」
「栄様。……お休みになったと思っておりましたが…」
本から顔を上げ、苦笑混じりに言えば、栄が頬を掻きながら言う。
「あ、うん…一回寝たんだけど、さ。起きちゃって。そしたら眠れなくなったから…」
「…また、悪い夢でもご覧になりましたか…?」
気遣う瞳に、栄が微かに頬を染める。
「えっと…違う、けど」
「…それならば、良いのです」
ふっと笑った白銀に、今度こそ顔を真っ赤にして栄が慌てた。
「え、えっと…!!…あ」
「?」
あ、と言って動きを止めた栄を見て、白銀がきょとんとする。
「白銀、…眼鏡」
「…はい。細かい文字は、少し見え辛いので…」
そういえばかけていた、と気づいた白銀がそれを外すと、栄が歩み寄る。
「なあ、ちょっとソレ借りてみてもいいか?」
「はい、構いませんが…栄様、」
白銀が言いかけるとほぼ同時に、栄が眼鏡をかけた。
「…あ、うわっ!?」
景色がぶれる、と同時にぐらりと足元がおぼつかなくなる、眩暈に似た感覚。
「…栄様…!!」
がたん、と椅子が鳴ると同時に栄がぎゅっと目を瞑る。
しかし、覚悟した衝撃はなく、暖かさに包まれた。
「…? あれ…?」
「栄様…お気をつけ下さい」
「!! し、白銀っ」
完全に白銀に体を預け抱きかかえられた状態に、栄が慌てる。
「結構、度が入っておりますから…」
こうなることは分かっていたのに、止められなかったと悔いる白銀に、栄がしゅんとして謝った。
「ごめん、白銀は悪くないよ。…止めようとしてくれたもんな」
ありがとな、と言って見上げる栄の顔から、白銀が眼鏡を外す。
「いえ、私が事前に申し上げれば良いことでございました」
言って、背に添えられた手を離す白銀の袖の端を、栄が掴んだ。
「…?」
「あ、いやっ、えっと…ごめん!!」
さっと手を離すと赤くなった顔を隠すように俯き、数歩離れた。
「……」
白銀はふっと微笑むと、栄の手首を捕らえ、そっと引いた。
「わっ」
引き寄せられた栄を、腕の中に包み込む。
「し、白銀…っ?」
「…もう少し、よろしいでしょう」
「……うん」
もう少し、暖かさを感じていたかった気持ちを、汲んでくれたのが嬉しくて。
照れたように笑って、栄はぎゅっと、白銀の背に腕を回した。