しろさか4
「白銀ー」
ひょこり、と扉を開けた隙間から顔を出す。
「…いない」
覗いた部屋は無人で、栄は軽く肩を落として首を引っ込めると扉を閉めた。
自室にいないとなると、どこにいるのか。
一人で広い屋敷を管理している白銀のこと、一体どこにいるやら栄には見当も付かない。
「…よっし、こうなりゃ体力で探すしかないか!」
ふんっと鼻息荒く袖を捲くる仕草をし、栄は駆け出した。

「……」
ふう、とため息ひとつ。
白銀は薄暗い書庫で灯りを片手に作業をしていた。
たった一つ、必要な資料を探し出すだけなのだが、それだけでかなりの時間を要する。
文字を追うためにかけていた眼鏡を外し、壁に寄り掛かってまた息をつく。
膨大な量の蔵書を前に、今日はもう諦めようと白銀が周りを片付け始めたとき、書庫の外で声がした。
「なー、紅!白銀見なかった?」
栄の快活な声が響く。
それを聞いた白銀が外へ出ようと歩き出すと、紅が答えた。
「さあ…私は見てませんけど。兄さんなら何か知ってるんじゃないですか?」
「そっか、ありがと!!」
瞬く間に遠ざかる足音。
白銀が書庫の一番奥から扉にたどり着いたときには。
「…おや?貴方そこにいたんですか?栄が探してましたよ」
「……そのようです…」
すでに栄の姿は無く、白銀は心なしか肩を落とした。

「しーろーがーねーっ!!何でいないんだよ〜っ!!」
もはや何の用で探していたかも忘れ、一目顔を見るだけで構わないと栄が探し回って、結構な時間が経った。
蒼に所在を尋ね書庫を覗くと、居た形跡はあれど既に姿は無く、碧に尋ね庭に出たが見つけられなかった。
しかし栄にはそれが白銀も自分を探して移動しているからだとはわからない。
「うう、疲れた…結構走り回ったからなあ…」
はあっと大きく息をついて廊下に座りこむ。
「白銀…なんで見つけられないのかな…」
いつも自分は、後ろ姿を追うだけなのかと、少し落ち込んで俯く。
その時、急いた足音が廊下の向こうから響いた。
栄がばっと顔を上げ見回すと、栄がいるのとは反対の突き当たりを、銀色の影が横切ったのが見えた。
「!! しろっ…!!」
思わず声を上げると、足音が止まり、すぐに引き返してくる。
ずっと、探していた姿、声。
「…栄様?」
「白銀っ!!」
廊下の隅に座り込んでいた栄にきょとんとする白銀の元へ、すぐさま栄は駆け出した。
と。
「っうわあっ!?」
ずっと走っていた足は思う以上に疲れが溜まっていたようで。
「栄様…っ!!」
足がもつれ、一瞬ふわりとした感覚の後。
「…っ!!」
「……、お気をつけ下さい…」
白銀の腕の中に飛び込む形になった栄は、一瞬きょとんとして。
受け止めた白銀は、ほっと表情を柔らかに緩めた。
冴えた三日月のような人だけれど、とても暖かくて。
「ご、ごめんっ!!」
状況を理解すると途端にあわあわとし始めた栄に、白銀が微笑む。
「…お怪我はございませんか?」
「あ…う、うん」
ぴたりとくっ付いたまま、言葉を交わす。
「私を探しておられたようですから…私も貴方をお探ししておりました」
「え?」
思わず見上げると、静かな水面のような瞳に引き込まれる。
「う、うん、俺…ずっと探してたんだよ、白銀。…やっと会えた」
また照れて下を向く栄の頬を優しく捉え、上向かせる。
触れる唇。
「…白、銀…」
「私も、貴方に…お会いしたく思っておりました」
誰よりも一番近くで、ふわりと微笑む。
と、栄の顔がみるみる真っ赤に染まった。
「〜〜〜〜卑怯だ…っ」
「?」
「白銀っ!!」
真っ赤な顔で、少し潤んだ瞳で、見上げると。
「も一回っ」
「…はい」
すぐまた触れる暖かさに、栄はふわりと目を細めた。