しろさか7
「栄様」
呼ばれて隣を仰ぐと、静かな瞳に出会う。
「白銀」
とても静かな静かな、凪いだ水面のような瞳をしているから。
「足下が悪くなっておりますから、お気をつけ下さい」
「ああ、ありがと」
この瞳が強い光を宿すなんて、想像も出来ないんだ
旅の途中の小休止。
皆思い思いにくつろいでいる中、白銀と栄は辺りをどこへ行くでもなく歩いていた。
「しかしびっくりしたよな。急に来るから」
「…色々と手を変えて来ているようでございます。ご油断は…」
今日も今日とて、襲撃にあった話。
心配そうに見つめる白銀に、栄は笑顔を見せた。
「ああ、わかってるって。大丈夫…」
「……!」
瞬間、した気配にいち早く振り向いたのは、白銀。続いて栄もばっと振り向く。
「おいっ、まさか…さっきの!」
「取り逃がした者でございましょう」
落ち着いて、と小声で囁いてくれる声。
それに頷いて、栄も意識を集中させた。
「…っんの…!!」
栄が果敢に攻め寄れば、白銀が隙を補う。
ただでさえ場慣れした二人、たった一体の人形に負けるわけはない。
と。
「っうわ…!?」
「栄様っ…」
足を滑らせぐらりと体が傾いた、その先には。
「うわああっ!!」
「…っ!!」
足場は無く、広がる谷。
「栄様…っ!!」
白銀は人形に止めとばかりに鋭い蹴りを放つと、栄が落ちた谷底へ自ら飛び込んだ。
「…様、栄様…っ!!」
呼びかける声。
「…う…」
気がついて、薄らと目を開く。
覗き込む顔は、悲痛に眉をしかめていた。
「白、銀…?」
「はい…良うございました、気がつかれて」
ほっと白銀が息をつく気配を感じて、栄は薄く笑った。
まだぼうっとする頭で考えたのは、自分がどうしてこうなったかということ。
「俺…足を滑らせて…」
「…はい」
目だけを少し動かして辺りを窺うと、川の傍のようだった。
「それから…」
「…細かい事は、よろしいでしょう」
優しい眼差し。
それに頷くと、栄は半身を起こした。
「…っつ…!!」
「栄様…!!なりません、無理をなさっては…」
「だけど…!!」
早く戻らないと。そう言いかけたのに。
「あなたは…!!何故そのように無理をなさろうとするのです!!」
「白銀…?」
「私は、あなたを失ってしまうのではないかと、本当に…っ!!」
きつく抱き締められて、言葉を失う。
その腕に包まれる刹那、見えた瞳はとても強くて。
荒げた声など、初めて聞いて。
腕の力に、気持ちの強さが表れているようで。
「白銀っ…ごめ…っ」
知らず、涙が出た。
「……っ。…いいえ、謝られる事はございません。私が…」
白銀の言葉を遮るように、栄は首を横に振る。
「俺…ごめん、本当に…っ、本気で、心配してくれたのに…っ」
無茶ばっかりして、と謝る栄に白銀は抱き締めたまま、腕の力だけを少し緩めて囁く。
「…時折感じるのです。私はお傍に居る、それなのに、あなたが…一人立ち尽くしていらっしゃるように」
だから、不安なのだと。
「私の声など…届かないのではないかと」
「そんなこと…っ!!」
「はい。あなたは、そうおっしゃって下さいますね。…私が、心配をしすぎているということなのでしょう…」
苦笑したような声の響き。
顔は見ることが出来ないが、おそらくそうなのだろう声に、栄も釣られるように表情を緩める。
「そんなこと、ないよ。俺、ちゃんと聞いてたのにな。白銀が足下悪くなってるって教えてくれたの」
しすぎじゃない、と繰り返す栄に、笑ったような空気の震え。
「…あなたは、本当に…。…いえ…、そろそろ、戻りましょう。お運び致します」
「えっ!!いや、た、多分大丈夫…っ」
体を離すと微笑む顔に、栄は顔が火照るのを感じた。
「なりません。起き上がるだけでもお辛いはずです。…どうか」
真摯に見つめられては、栄も弱い。
「う…。その…、駄目だって、ホント…俺重いし、邪魔になるし、白銀が行って誰か連れてくれば…」
「栄様…」
じ、と見つめられるその眼差しに負けまいと、栄も懸命に見つめ返す。
「…私が、あなたをお助けしたいと願うとしても…拒まれますか」
「え…」
滅多に、いや全く、白銀が自らの望みを言うなど、聞いたことがなかったのに。
見つめた瞳が大きく見開かれるのを見て、白銀はふわりと目を細める。
「白銀…」
「参りましょう」
差し出された手を取って、栄も柔らかく微笑んだ。