番外編伍・1


「小太郎ー!ねえ、小太郎!いないの?」
「ん?この声は・・・昇姫?どうしたの、昇姫」
夕暮れ、日も落ちかけてきた、オレンジ色の時刻。
小太郎は、いつになく弾んだ声で自分を呼ぶ昇姫の声に気付き、階下へ降りてきた。
その姿を見つけて、昇姫が嬉しそうに小太郎に手招きする。
「小太郎、小太郎!!早く早く、すごく可愛いの!!」
にこにこと嬉しそうな顔に、期待が膨らむ。
「え?何か、可愛いものがいるんですか?」
何を隠そうこの小太郎、可愛い動物が大好きである。
猫、犬は基本として、ハムスターやパンダも大好きだ。
とにかく猛獣を例外としてふかふかしているものなら何でも笑顔になるのである。
「うん、ええと・・・小太郎の想像とは違うかもしれないけど、可愛いの」
だから早く、と昇姫がさらに手招きするのにつられるように、小走りで駆け寄る。
と。
「・・・・・・ちょっとちょっと〜。昇姫、仮にもこの僕に、可愛いは無いんじゃないの〜?」
「ええ〜・・・。可愛いものって、白迅〜?」
がっくりした小太郎だが、すぐにいつもと違うことに気づいた。
「!?・・・って、あははははっ!!白迅、似合うじゃないか〜!!」
外された大振りの紅い珠。ではその長い髪はどうやって括っているのかといえば、
どうやら昇姫の作らしい、とても長い2本のおさげ髪。
頭に大輪の花までつけて、仁王立ちしていた。
「・・・ふっ。小太郎ってば、僕の色気に嫉妬してるからって、そうやって〜」
セクシーポーズを決めようが何をしようが、所詮は三つ編みのすることである。
色気も何もあったものではない。
「でもさ、よく白迅がこんなのやらせてくれたよね・・・!!」
必死に笑いを堪えているため、裏返り気味の声で小太郎がいうと、白迅はぶすっとして言った。
「僕は女のコには優しいの!・・・・・・何か、逆らえないんだもん。昇姫・・・」
「ぷっ・・・くくく、うん、か、可愛いよ・・・!!」
笑いを堪え切れない小太郎の言葉に、いい加減気分を損ねたのか、白迅は胡坐をかく。
「可愛いでしょう?わたし、頑張って綺麗に編んだもの」
得意げな昇姫の方がよっぽど可愛いのだが、それはこの際置いておけるくらい、白迅の姿はおかしかった。
にこにこする昇姫と、また声を上げて笑い始めた小太郎に、白迅はじとっとした視線を投げかける。
「もう!2人とも〜!!・・・こうなったら八つ当たりだ!僕、八魂呼んでくる!」
そう言って空間跳躍の術ですっと姿を消した白迅に、2人は顔を見合わせた。
どうして八つ当たりで八魂を呼んでくることになるのか。

「昇姫!八魂連れてきたから、好きなだけやっちゃってよ!」
「〜〜〜〜っ!〜〜、〜〜〜〜っ!!」
連れてきた、というより拉致してきた形の八魂の格好に、昇姫と小太郎はまた顔を見合わせた。
布で口を塞がれ、手を後ろ手に確保されて連れてこられた八魂は、完全に頭に血が昇っている。
布のせいで何を言っているのかわからないが、確実に怒っているのは確かだ。
「じゃあ、今度は1本にします。ね、小太郎。きっと可愛いわよね」
上機嫌な昇姫に突如として話を振られ、小太郎は曖昧に笑った。
「あ、あはははは・・・」
櫛を構えて、常に無いほどの昇姫のにこにことした顔に、怒り心頭だった八魂の動きがびたりと止まった。
心なしか、顔がさあっと音を立てて青ざめた・・・ような気さえする。
小太郎が口の布を解放すると、言った。
「の、昇姫・・・オイラ、なんかした・・・?」
それが彼の最後の言葉になった、とは大げさだが、まあ大体そんな感じの心境だったであろう。