番外編漆


「・・・あ!」
「? どうしたの、小太」
いつも通学用に使っている鞄を見つめ動きを止めた小太郎に、白迅がせんべいを齧りながら尋ねる。
「・・・・・・教室に宿題のプリント置いてきちゃったみたいだ・・・」
「あーあー。どうすんの?それって、急ぎ?」
がっくりと肩を落とす小太郎。
白迅は滅多にないことが面白いのか口元が笑っている。
「明日使うんだよ。・・・仕方ない。今ならまだギリギリ開いてる・・・かな?」
「え!ちょっと、小太郎まさか今から行くとか言わないよね!?」
口にくわえたせんべいを取り落として慌てた様子で白迅が言えば、小太郎は当たり前といった風に頷いた。
「取りに行かなきゃ、宿題が出来ないだろ。・・・白迅は来ないでよ。学校、関係者以外立ち入り禁止」
「え〜〜!!何言ってんの!今一番危ないでしょー!?暗いし!それに学校って・・・出るよね〜?」
「う・・・嫌な事言うなよ!!僕がこれから行くって言ってるのに!!」
「だから僕がついていくよって言うんじゃん〜!」
喚く白迅に、小太郎が呆れたように言った。
「とりあえず、ひろについてきてもらうし・・・最初から最後までついて来なくたって、危なくなったらちゃんと呼ぶよ」
「え?」
その言葉に白迅がきょとんとして動きを止める。
「だから、危なくなったら絶対呼ぶよ。でも、緊急の時以外来ちゃ駄目。わかった?」
「う・・・うん。わかった」
よし、と小太郎は頷いて、広に電話をかけ始めた。
その後ろで白迅はさて、と腕を回した。
「準備運動、しておかなきゃね〜」

「よう、小太郎。お前が忘れ物するなんて珍しいよな〜。まあ、色々借りもあるし、付き合うけどな」
「ごめんね、ひろ。すぐ済ませるからさ」
快く呼び出しに応じた広と共に、小太郎は学校への道を急ぐ。
途中、ふと後ろを振り返る。
何もいない。
「よし・・・ついてきてないな」
「・・・誰が?」
ほっとして呟くと、広が不思議そうに聞き返す。
慌てて小太郎は考えを巡らせた。
「え!?・・・あ〜、えっと、・・・・・・ウサギが!」
「ウサギ?・・・あー、お前ん家に住み着いたって言ってたっけ?」
「そうそう!そのウサギがさ、放し飼いなもんだから!」
嘘は言っていない。小太郎は自分に一生懸命言い聞かせた。
「へえ。お前も大変だなー。ま、来てないみたいだし、行こうぜ」
広の言葉に頷いて、小太郎は再び前を向いて歩き出した。

「おーい、あったか?」
「うん、これこれ!あったよ」
まだ鍵の掛かっていなかった入り口から入り教室に辿りつくと、
やはりプリントは教室の隅の方にある小太郎の机の中に入っていた。
広は入り口で腕組みして小太郎を待つ。
「よし、じゃあさっさと・・・」
帰ろうぜ、そう広が言いかけたとき、ふっと電気が消え、すぐに再び点いた。
「え!?」
広がスイッチを触ったのかと思い小太郎が振り返るが、広は何もしていないと身振りで示す。
「お、俺が触るわけないだろ?スイッチ、ここ」
確かに広が寄り掛かっている近くではなく、もう少し離れたところにスイッチはあった。
「じゃ、じゃあ、何だったの今の・・・」
「もしかしてさ・・・」
出ちゃった?と広が小声で言う。
「や、やめろよそういう事言うの!!」
小太郎は身震いして、急いで教室を出ようと足を進める。
「あっははは、大丈夫だって。まだ先生たちもいるだろ?」
広が笑ってそう言ったその時、後ろから大きな物音。
「うわあっ!?」
とほぼ同時に蛍光灯が明滅を始めた。
「うわー!!出た出た、早く逃げるぞ小太郎!」
「え、あ、ちょっと!!待ってよひろ!!」
入り口にいた広とは違い、小太郎はまだ中央辺り。
さっと身を翻して駆け出した広を追おうにも、机が邪魔をして素早くは動けない。
「待ってってばー!!・・・あれ?ひろ・・・?」
教室を抜け出して、広が走り去ったはずの廊下を見つめる。
そんなに時間がかかったわけでは無いのに、もう広の姿は無い。
「そういえば・・・」
思い起こすと、広の走る足音も急に聞こえなくなったような気がしてきた。
教室の明かりは完全に消え、廊下の僅かな消火栓の場所を示すランプだけが不気味に赤く光る。
「え・・・何で・・・」
振り返るが、当然広の姿は無い。
耳を澄ましても人の歩く音は聞こえない。
もう一度前を向くと、そこに何かが見えたような気がした。
よく知っている人物に、似ているような感じがする。
「・・・ひろ?」
呼びかけるが、返事は無い。
しかし、その影はゆっくりと近づいてくる。
「・・・・・・違う・・・!」
広が歩いているなら、かかとのところを潰して履いている内履きがばたばたと音を立てるはずなのだ。
それどころか、内履きと床が触れ合う音自体がしない。歩く姿に、重みが無い。
滑るように近づいてくる影に、小太郎は動けなくなった。
「・・・・・・白迅・・・!」
何回も声を出すことを失敗し、ようやく一言、それだけ呟くように言った。