「はあ、はあっ・・・ふう、やっと着いた・・・」
狭くて長い石段を駆け上がった先に、鳥居がそびえ立っている。
そのさらに奥に建っている社の周りを取り囲むように、木が沢山生えている。
「よし、今日で最後だ・・・」
かしわ手を2回。
「福兎様、福兎様、どうか僕のお願いをきいてください!」
しん、と静まり返った境内で、しばらく手を合わせたまま小太郎は固まっていたが、
やがて緊張を解いて、くるりと後ろを向いた。
「まあ、何はともあれ毎日サボらずに通ったんだ。由布にはそう言っておこう」
一人呟いて、少し湿った土の上を歩き始めようとしたとき、それは起こった。
背後でぼんっ、と破裂音。
「・・・へ?」
ぎぎぎ、ときしんだ音がしそうなほどぎこちなく、ゆっくり小太郎は振り返った。
それと同じくらいぎぎぎ、と音がしそうにゆっくりと、社の扉が開いてゆく。
最終的に開け放たれた暗い扉の奥から、声がする。
「い、たたたた・・・。おーい、待ってくれよ少年」
小太郎の動きが、びたっと止まる。
「・・・・・・・・・少年、って・・・僕?」
「こんなボロい神社、キミ以外に誰がいるってーの。よいしょ、っと」
中から出てきたのは、まず第一印象変な格好の男。
着物をどう着崩したってああはなるまいといった風の、変わった服装。たれ目。そして、何よりふかふかの。
「それ・・・み、耳?」
「あーこれ?うん、僕の耳。だってほら、僕『福兎様』なワケだし」
「う・・・・・・嘘だ」
何でロップイヤーなんだ。
白くてふわふわのウサ耳を見た小太郎はがんがんと痛む頭の痛みを和らげようと、こめかみをぐりぐりと揉んだ。
「はじめまして少年。僕は一応カミサマ、『白迅』って名前があるんだけどね」
小太郎と『福兎様』白迅、運命的かどうかは疑問だが、印象的な出会いではあった。

「僕・・・少年じゃなくて、ちゃんと小太郎って名前があるんだけど」
「じゃあ小太郎だから小太だな」
「じゃなくて!!なんで、というか、『福兎様』なのか!?」
「うん、まあ一応ね。キミらはそう呼んでるみたいだね」
一応「白迅」という名前だから、と白迅は小太郎にそう呼ぶように言った。
「うん、じゃあ、白迅。・・・神様、なの?」
「だから、さっきからそー言ってるでしょ。まあ、気を張らないで、気楽に話してくれたほうがこっちもやりやすいんだけどねー」
「う、嘘だーっ!!こんな軽いもんじゃないだろ、神様って!!」
小太郎が一連の会話に思わずそう叫ぶと、白迅はちちち、と人差し指を振った。
「甘いなあ小太小太。今時の神は一味違うんだよ?やっぱり時代の流れに対応しないと」
たれ目のはずだが、やけに整った顔立ちの白迅はその見た目に反して、とても軽い喋りを披露した。
「小太小太って・・・まあ、いいか。とにかく、白迅は福兎様なんだな。もう、そう納得することにする」
ぼんって出てきたし、と小太郎が納得すると、白迅は笑顔を見せた。
「おお、小太は頭がいいなあ!そーそー、人間思い切りが大事だよね、あははは」
で、と切り出して、小太郎は人差し指を立てた。
「何しに出てきたんだ?」
その問いに、白迅がきょとんとする。一瞬の沈黙。
「・・・・・・何って、『お願い』をききに?」
にこっとして答える白迅に、今度は小太郎がきょとんとする番だった。またしても沈黙。
「・・・・・・・・って、ええええええええっ!?」
「・・・小太小太、声大きいって。とーぜんでしょーが、キミが『お願いきいてください』って言うから、出てきたのに」
「だって、じゃあ、何で半年も必要なんだよ!」
噛み付くように問う小太郎に、白迅は笑顔をキープしたまま言った。
「小太小太、さっきのぼんって音、何だと思う?」
「え?・・・・・・白迅が出てきた音?」
「うん、正解、よくできました。まあ付け加えるとー。御神体って、キミらは言ってるのかな。
つまり僕の本体から僕が出られた音だよ」
そして、と繋げて、さらに白迅は言った。
「その御神体から出るためには、キミら人の意思の力が必要だったってワケ。半年間、
通い続けた上に同じコトを唱え続けられるくらいの意思の力がね」
「そっか・・・なるほどな」
「納得?」
「納得。・・・でもさ、僕の分のお願いじゃないんだ。実は、妹の代わりに通ってただけで、僕にはお願いはないんだ」
真面目な顔で言う小太郎に、白迅はうんうん頷いてから、慌てたような仕草をした。
「うんうん、そうだろうそうだろう。・・・って、こらこら!!それじゃーダメなんだって!!
僕は毎日通ってくれた人限定のカミサマなんだって!」
「何だよケチだな、いいじゃないかそれくらい」
「違う違う。僕がケチとかケチじゃないとかいう問題じゃないんだって。そういう風になってるの!!どうしようもないの!!」
カミサマも大変だよーと、白迅は大げさにがっくりした。
「じゃあ、妹のお願いを教えてもらって、それを僕の願いとしてかなえるっていうのはダメなの?」
「あー、ちょっと厳しいね。基本的に、本人が心の底から思ったことじゃないとね、僕の力が跳ね返されちゃうんだよね」
白迅の説明では、力が跳ね返されるとその衝撃で消滅してしまうため、危ない橋は渡れないのだという。
「僕みたいのでも一応、古参の神だから。長く存在してる分、ここまできたら命が惜しいっていうかね。まあ命とは言っても、
キミたちのいうところの命とはちょっと違うんだけど」
面倒だから説明はしないけど、と白迅は笑った。
「うーん・・・じゃあ、折角出てきてもらって悪いんだけど、僕、お願いないから帰るね」
くるりと背を向ける小太郎に焦ったのは白迅。
「わ、ちょっとちょっと!!そんなの困るよ!!小太〜っ、置いてかないでくれよ!ウサギは寂しいと死んでしまうんだよ!?」
だだだっと走って小太郎の前に回りこんだ白迅に行く手を遮られ、小太郎はしぶしぶ立ち止まった。
「だってお前、死なないだろ。神様なんだから。さ、僕は帰るんだから」
どいてどいて、とジェスチャーをする小太郎に、白迅が一言言い放った。
「・・・・・・じゃあ、僕がついて行くよ!小太郎にさ!」
「・・・は?」
「だからー、お願いができるまで、僕が小太の家に居候しちゃうってコトで、ひとつ」
「ひとつ、じゃないって!!困るよ、どう説明するんだよ!!母さんも父さんもいるんだよ!?」
妹は入院してるからいないけど、なんて小太郎が言っているうちに、白迅はさっさと歩き出した。
「さー楽しい同居生活の始まりだよー小太小太!僕と一緒はたーのしいぞー?あ、石段降りた先の角どっち?左?」
「人の話を聞けーっ!!」
追いかけて走り出す小太郎の叫びも空しく、不本意にも白迅との生活は始まってしまうのだった。