「・・・陽が落ちる」
す、と強い陽の光が消える。と同時に、日和から光が溢れ、小太郎はその眩しさにぎゅっと目を瞑った。
「・・・・・・そんなに怯えんなよ、がきんちょ」
日和とは違う声が聞こえた。小太郎がゆっくりと目を開くと、そこにいたのは日和とは正反対の印象をもった人物。
黒い着物に、緩い曲線を描くように流れる黒い髪を一つに括った姿。何より瞳が、日和とは全く違う光を放っていた。
「あーあ、まさかお前と顔を合わすことになるとはね、夜狩」
白迅が機嫌の悪い声を出す。すると、夜狩と呼ばれたその神はふっと強気に笑った。
「俺だって好きでお前に会いに来たわけじゃねえよ。俺は陽が落ちたらあいつと交代するようになってるんだからよ」
それからゆっくりと歩み寄り、小太郎の前に立ち止まった。
「だがな、俺はお前のことは結構気に入ってるんだ。強い、力を感じるからな。小太郎とか言ったか。
俺は夜狩、日和の対だ」
金に光る目に見据えられながらも、小太郎はおずおずと口を開いた。 「・・・日和さんの、対・・・?」
「ああ。梟は昼と夜でまるで違った面を見せる。俺らも同じだ。昼と夜では、全く違うんだ」
「夜狩・・・さんは、日和さんとは別の神様なんですか」
不穏な雰囲気を放つ夜狩に少し怯えながら、小太郎がそう口にすると、夜狩はにやりと笑った。
「ああ、そうだ。ただ、表裏一体ではある。昼、俺は出て来れない。その代わり、あいつは夜出てくることはできない」
考え方、姿などは全く別のものなのだと、夜狩は説明した。
「・・・日和は僕らに協力してくれるっていったけど。夜狩、キミもそうなのかな?」
白迅がそういうと、夜狩の目が鋭くなった。
「俺か?・・・俺が、そう簡単にお前に協力すると思うか?このがきんちょが頼んだって同じだぜ。お前のお仲間、なんだろ?」
「小太郎は・・・仲間とか、そんな言葉では括れない存在だ。お前にだって・・・!!」
「分かるぜ。確かに、感じ取れる力はそうだ。・・・だが、こいつは何もできないだろ。それじゃあ、ただの人間だ。
俺が協力してやる理由はどこにもない」
夜狩の視線に射抜かれ、小太郎が身を固くすると、夜狩はまたにやりと笑った。
「へっ、こいつだって俺みたいな怖ぇのには、関わりたくないんじゃないのか?」
「そんなこと・・・!!」
小太郎が反論しようとするが、夜狩はそれを遮った。
「無理はしないほうがいいぜ、特にお前みたいな争い、戦いとは無縁の普通の人間はな。なあ、白迅。お前だってそう思うだろ?」
「・・・小太郎は確かに普通の人間かもしれないよ。けど・・・可能性を持ってる。いくらだって強くなれる。僕は信じてる!」
白迅が真剣に叫ぶが、それに反して夜狩はますます笑った。
「ははははは!!そうやってお前はいつだって人間の味方だもんな!!お前、また繰り返すのか。あの時のように!!」
「もう・・・二度と!繰り返すものか!」
「言ってろ!!・・・もしお前が本気でそう思うなら・・・俺に力で勝ってみせな!!」
風が起こった。
「白迅!!何が起こったっていうんだよ、白迅っ!!」
小太郎が風圧に押されながらも白迅に呼びかける。
「小太郎、どこか安全な場所に隠れて!!・・・あいつ、やる気だから」
白迅がやれやれといった感じで肩をすくめた。
「全く、血の気が多いったら」
「こんな時にまで茶化すなよ!!・・・うわっ!!」
一際強い風が吹いて、社がきしむ。正面に夜狩の姿は見えない。が、上から笑い声が聞こえて、小太郎と白迅は上を見上げた。
「ははははは!!白迅、どうした!怖気づいたか、それとも諦めて帰るか?」
「ちょっとちょっと〜、上は卑怯なんじゃないの!!」
白迅が呆れ気味に叫ぶが、夜狩は聞く耳を持たない。
「おっと、キミを逃がさないとね。小太郎、ちょっと・・・そうだな、その木の陰にでも隠れててよ」
一本のかなり太い幹の大木を指差して、白迅が言う。確かに安全そうだが、小太郎は納得が行かない様子で言い返した。
「ど、どうする気だよ白迅!!お前・・・!!」
「いいから。危ないからね〜、ほら、行って行って〜」
白迅に押し出され、小太郎はよろよろと木に掴まる。それを見届けて、白迅は夜狩に向き直った。
「さて、戦いにこだわりのある夜狩くんなら、守る者もいないただの人間には手出ししないよねえ?」
ふっと不敵に笑う白迅に、夜狩は気に入らないという顔をした。
「よく言うぜ。神木を盾に取られて攻撃できるとでも思うか?・・・まあ、これでお互い、気にすることなく戦うことが出来るな」
また風は強まり、まるで台風のようだった。