拾参


「は〜、今日は楽しかったなあ」
夕食を終えて部屋に入った小太郎は、満足そうにそう言った。
日和のところに顔を出して、長い間話し込んでいた。
穏やかに話す日和、茶化す白迅。
気が合わないようで、仲が良い二人の話を聞いているだけでも楽しい小太郎も、
時々口を挟んだりして楽しんだ。
「日和は物知りだしね。ただ、これからは夜狩の時間だから。もしかしたら、また来るかもね〜」
「来ちゃいけねえか?」
「うわ、夜狩!!」
白迅が大げさに驚く。窓の方を見ると、やはり声の主は夜狩だった。
「何だ、大げさだな。・・・小太郎、入っていいか?」
「あ、うん。どうぞ」
「え〜!?夜狩何しに来たのさ〜。小太もあっさり入れちゃってさー!」
白迅が何を言っても、部屋の主は小太郎なのである。主の許可を得て、夜狩はまた窓から部屋に入った。
「見回りのついでに寄ってみたんだけどな。ちょうど、噂されていたみたいだしな、なあ白迅」
「あ〜、あはははは!!まあいいじゃん!!現に来てるわけだから、僕の予想も当たったってことでしょ?」
「白迅のは適当だろ」
また3人寄り集まって、話し始める。
「どうだ小太郎、白迅はうるせえだろ?」
「え?うーん・・・」
「何言ってるんだよ!うるさくなんかないの!!夜狩と違って僕は心配で言ってるんだから!!
ね、小太郎!!」
「えーと、ははは・・・」
小太郎は棘のある会話を展開し始めた2人の気をどうにかして逸らそうと、考えを巡らせた。
「あ〜!!あ、あのさ、夜狩!!何か用があったから来たんじゃないの?」
手をぱん、と叩いて小太郎が場をまとめるようにそう言うと、夜狩は頷いた。
「ああそうだ、忘れるところだったな。・・・妙なものを見たからよ。あの力を持つお前なら狙われかねねえからな、
忠告に来たんだ」
「・・・妙なもの?」
白迅が首を傾げる。
「闇だ。・・・が、何か変だったからな。様子がおかしいんだよ。妙にでかくて、禍々しい気を大量に放っていやがった。
あれは厄介だと思うぞ」
「うーん、普通はそんなに大きくならないはずだけど・・・。まあ、大丈夫!小太はほら、日和の札を持ってるから!!」
ね、と白迅が小太郎を振り返ると、小太郎は鞄からそれを取り出して夜狩に示した。
「・・・そうか。なら、まあいいけどよ・・・。くれぐれも気をつけろよ。協力する以上、俺にもお前を守るって仕事があるんだからよ」
「うん、ありがとう夜狩。・・・でも、何で僕が特別なんだろ・・・」
小太郎がそう口にすると、2人とも気まずそうに目を逸らした。
「それは・・・」
「まあ、なんつーかよ・・・」
「何なんだよ?そんなに言いづらいことなのか?」
白迅が真っ直ぐに小太郎を見つめた。
「・・・前にも言ったけど、キミは特別な力を持ってる。・・・いや、持ってるというより、秘めていると言ったほうが正しいのかもしれない。
まだそれは表面には現れていないんだけど、確かにキミは力があるんだよ」
今はそれしか言えないよ、と白迅がため息をついた。
「いいか?小太郎。白迅だってな、好きで黙ってるわけじゃねえんだ。お前を巻き込むのを最小限に抑えようとしてるんだよ。
そりゃ、黙ってるのはこっちの都合だけどよ」
夜狩までもが白迅を庇うようにそう言うと、小太郎はそれ以上何も言えなかった。
「でも・・・、うん、わかった。ごめん、白迅、夜狩」
「小太郎・・・。僕こそ、言えなくてごめんね」
「お前が謝ることじゃねえだろ。黙ってコイツに謝らせとけばいいんだよ」
夜狩がそう言って白迅を指すと、白迅は立ち上がって抗議した。
「夜狩〜?お前そんなこと言っちゃったりなんかしちゃったりなんかしていいわけ!?僕だけのせいじゃないじゃん!」
「もー二人とも、狭いんだからやめなよ・・・」
そう言って小太郎が立ち上がった時、不意にめまいのようなものを感じて、小太郎は頭を抱えてしゃがみこんだ。
その拍子に、真ん中に置いていたテーブルから、麦茶の入ったグラスが落ちた。
「小太郎!?」
2人が同時に叫ぶ。
「・・・大丈夫、たぶん、立ちくらみ・・・」
夜狩が窓に駆け寄る。
「・・・来てやがる!!くそ、ここ嗅ぎつけられてるぞ!!」
窓の外に見えるはずの街灯が今日は一つも見えない。それは、闇が外を覆いつくしているからだった。
「小太郎、それ立ちくらみじゃない!!闇が近すぎて、キミの気のバランスが乱れてるんだ!!」
白迅が小太郎を座らせる。
「お札は!?」
白迅が振り返ると、運悪く札が置いてあった場所にグラスが落ちていた。
「あららー・・・。こりゃ、もうお札はダメだね」
「・・・いったん場所を移してもいいか?『神域』に入るんだ」
それを見た夜狩の提案に、白迅は即座に頷いた。
「それが一番いいかもね。夜狩、キミが空を経由して小太郎を・・・そうだな、キミの神社が一番近いかな?」
「ああ。・・・お前はどうする」
小太郎を背負って窓から飛ぼうとする夜狩に、白迅はにこっと笑って言った。
「ん?僕は清江さんに小太郎ちょっと借りまーすって言ってこないと」
夜狩はため息をついて、黒い羽根を羽ばたかせて窓の外に消えた。