拾四


「・・・小太郎、おい、もう大丈夫なはずだぞ」
小太郎は今までひどい耳鳴りとめまいでほとんど朦朧としかけていた意識が晴れていくのを感じた。
「あ、夜狩・・・ここって・・・」
「俺の神社だ。神社は神の居場所であり結界、『神域』だ。闇は入り込めない」
小太郎が辺りを見回すと、確かに見覚えのある神社だった。
「そうだ・・・僕確か、めまいがして・・・。あれ、白迅は?」
小太郎がきょろきょろと白迅の姿を探していると、上から声がした。
「ふー、やれやれだよ。あいつ、追っかけてきてるよ。ここが囲まれるのも時間の問題・・・かな」
木々の間から降りてきたのは、白迅だった。
「白迅、お前空間を跳んで来なかったのか?」
「ああ、うん。屋根を歩かせてもらったよ〜。そんなに跳んでばっかりいると、運動不足になるしね」
そんな会話をしていると、ふっと影がかかったのを感じて、3人は上を見上げた。
「・・・来たみたいだね。いいかい小太郎、コレが闇。キミをぱくっとやっちゃおうとしたのと同じだろ?」
「う、うん」
何か―夜狩の言う、結界に遮られるように、ドーム状に展開する闇。月も星も覆い隠して、辺りはすっかり暗闇に包まれた。
「俺らの結界がもってる間は大丈夫だがよ・・・闇の力が強ければ、危ねえかもな」
「こ、怖いこと言わないでよ〜、夜狩」
苦笑いする白迅に対して、夜狩は真剣な顔で言った。
「冗談じゃねえよ。こんなにでかいのは初めてだ。・・・っ」
「夜狩?」
夜狩が苦しそうに顔をゆがめたのを見て、白迅と小太郎が上を見る。気のせいか、闇の屋根がさっきより低くなっているような気がする。
地に片膝をついた夜狩の様子に、二人ははらはらと夜狩を見つめた。
「・・・やべえな、競り負けるかもしれねえ・・・!!」
「だ、大丈夫!?」
小太郎が心配そうに夜狩の肩に触れる。
「・・・!!」
すると夜狩がはっとしたように小太郎を見た。
「夜狩?どうかした?」
小太郎が問いかけると、夜狩は小太郎の手をつかんだ。
「小太郎、お前だ!!お前の力を少し借りる!!」
「え、ど、どーゆーこと!?」
白迅もわけが分からないという顔をしている。
「さっきこいつが触った時、少し楽になったんだよ。・・・だから、うまくすれば俺の力を開放できるはずだ!!」
「そんな、だって小太郎の力は・・・」
「今はそんなこと考えてる場合じゃねえだろ!!いいか小太郎、少しでいいから黙ってろ!!合図したら離れろよ!!」
相変わらずよくわからない二人の会話に戸惑いつつも、小太郎は頷いた。
それを見て夜狩がにやりと笑った。
「よし、・・・いくぞ、白迅、お前も離れとけ」
「はーいはい」
夜狩が背筋を伸ばして精神集中の態勢に入ると、白迅も黙って数歩下がった。
「・・・・・・・・・」
どんどん濃くなる闇に不安を覚えながらも、小太郎は黙って夜狩と繋いだ手を離さずにいた。
夜狩の額に光が集まる。小太郎はその時、自分の周りを巡る何かを感じた。夜狩の方へ流れるそれは、きっと『気』というものなのだろうと思った。
「・・・よしっ、離れろ!!」
合図だ。小太郎はぱっと手を離して、白迅の傍に駆け寄った。
光が溢れ、風が巻き起こった。
「おーっと。大丈夫?小太郎。もう少しで巻き込まれるトコだったね〜」
後ろからの強風に煽られてよろめいた小太郎を、白迅が支えた。
「・・・何が起こって・・・」
風に圧されながらも目を凝らすと、渦巻く風の中から何かが舞い上がって来た。
黒く艶やかで、人ほどもあろうかという大きな鳥。
長い尾羽をはためかせて飛ぶ姿は、幻想的に輝いていた。
「・・・夜狩だ」
小太郎が知らず呟いていた言葉に、白迅は目を丸くした。
「お、よく分かったね。うん、アレが夜狩のホントの姿だよ。僕も2、3回しか見たことないけど。でも、よっぽど力を蓄えてる時じゃないと、
力の開放は出来ないはずなんだけどね。キミの力だよ、小太郎」
そう言っている間に、どんどん夜狩の放つ力で闇が晴れていくのが分かった。隙間から、星が瞬くのが見え始めた。
「すごい・・・どんどん消えてく!!」
小太郎が言った。
「闇を、神の力で浄化してるんだよ。・・・おーい夜狩、その辺でもういいんじゃないの〜?」
白迅が上に向かって呼びかけるのと同時に、鳥が姿を消し、地上に人型の夜狩が現れた。
「あ〜・・・しんど。どうだ、闇の方は」
片膝をついて息を切らす夜狩に、白迅が親指をぐっ!と立てた。
「バッチリ!!もしかしたら多少は残ってるかもしれないけど、ほとんどいないと思うよ〜。ほっとけば自然に消えるね」
「そうかよ」
夜狩は辛そうにしながらも、にやりと強気に笑った。
「ごめん、夜狩。僕のせいで無理させて・・・」
小太郎が申し訳なさそうに頭を下げると、夜狩は小太郎の髪をぐしゃぐしゃと掻き回して笑った。
「お前は、まーたがきんちょのクセに気を遣いやがって。いいんだよ、お前は余計な気を回さずに隠れてろ」
「そうそう!!小太郎を守るのは僕らの意思だよ。だってほら、そうしないと困るのも僕らなんだから」
白迅も笑って言った。
「もー・・・頭、ぐしゃぐしゃじゃないか!!」
小太郎も、それにつられるように笑った。
「さて、と。帰ろうかー、小太」
「あ・・・母さんに黙って出てきちゃって、大丈夫?」
小太郎が心配そうに言うと、白迅は怪しい笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、そこは大丈夫。僕がちゃーんと、小太郎はお星様を見にお外に連れて行きまーすって、言ってきたから」
「・・・で?母さんは何て?」
「あらー、案外あの子も可愛いトコあるのねー、だって!!」
「・・・・・・こんのバカウサギーっ!!」
小太郎14歳、ちょっとかっこつけたいお年頃。