弐拾四


「・・・そんなに大事な下駄なら、ほいほい投げるなよ。ほら」
小太郎が上に向かって下駄を差し出すと、八魂と名乗った神はうっと言葉に詰まった。
「小太、こんなヤツに返してやることないって。ちょっとは反省してもらったら?いきなりヒトに下駄投げちゃいけませ〜んって」
白迅が小太郎の隣で言う。しかし頭をさする仕草が痛々しい。
「白迅はちょっと黙っててよ。何かあったんだろ、あいつと」
肩に手をかける白迅をそう叱ってから、再び小太郎は八魂のほうを向いた。
「ほら。八魂・・・だっけ。取りにおいでよ」
そう言って下駄を差し出すと、八魂はぴょんぴょんと身軽に社を降り、すっと小太郎の前に着地した。
「うわっ」
突然近くに現れたので驚いた小太郎に構わず、八魂は小太郎の顔をじっと見つめた。
「・・・・・・お前、いい奴だなっ」
ありがと、と言って下駄を受け取った八魂は、にこっと笑った。
近くでみると、自ら狐の神だと名乗っただけあり、狐のような毛色の耳がぴこぴこと動いていた。
背丈は、小太郎よりほんの僅か低いくらいで、ほとんど同じ。見た目も小太郎と同じくらいの年齢に見える。
獣のような琥珀の瞳が、じっと小太郎を見つめてきた。
「ど、どういたしまして」
小太郎もつられて笑い、八魂を見つめた。
「・・・でも!!」
下駄を履くなりざっと後ろに飛びのいて、びしっ!と白迅を指差して、八魂が叫んだ。
「コイツだけは許すわけにはいかないぞ!!オイラをコケにしやがったんだ!!」
「・・・・・・・・・僕ぅ?」
白迅も自分を指差す。
「白迅、何したんだよお前」
小太郎の問いかけに、白迅は首を傾げた。
「ん〜?・・・・・・こんなチビッコには、知り合いはいないはずなんだけどなあ・・・?」
「っかー!!また言ったなこのウサ公!!オイラを散々『チビッコ』と言ってコケにしたくせに、お前忘れたのか!!?」
頭をかきむしり、地団駄を踏んでぎゃんぎゃん叫ぶ八魂を見て、白迅がますます首を傾げた。
「ん〜?そんなコトあったかな〜?チビッコの身長くらい小さいコトだから、覚えてないのかなあ」
「うるさい!!もう我慢できないっ!!勝負だ!!」
そう言うなり、指先から紫色にゆらめく焔の球をだして攻撃してきた八魂を見て、呆気に取られていた小太郎が我に返った。
「・・・はっ!!ぼーっとしてる場合じゃない!!白迅っ!!と、・・・えーと八魂!!やめろって!!」
叫ぶが、両者、特に八魂は聞く耳を持たない。
「小太郎!キミには悪いけど、僕じゃあこのチビッコは止められないよ!!気が済むまで暴れさせるしかないみたいだね!」
次々放たれる火の玉を避けながら、白迅は言う。
「そんなこと言われたって・・・納得できるわけないだろ!うわっ」
足元の砂利にぶつかって消滅した火の玉に、小太郎の顔が青ざめる。
「と、とにかく隠れないと!!僕は普通の人間なんだから!!」
そそくさと物陰に潜む。丁度いい具合に鎮守の森が広がっていて、姿を隠すにはうってつけの場所だった。
「さて・・・。小太郎も避難したみたいだし。そろそろ、本気で行かせてもらおうかな、チビッコくん?」
いままで逃げ回るだけだった足を止め、正面から八魂を見据える白迅の視線に気圧された様子の八魂だが、
すぐにそれを振り払うように叫んだ。
「上等だっ!・・・ついでに、オイラはチビッコじゃないんだからな!」
「それはそれは。でも、僕だって・・・ただのウサ公じゃないもんでね!!」
ざあっと木々が揺れ、強い風が吹きぬけた。