弐拾伍


木の陰に隠れていた小太郎は、事態を見守りながら考えを巡らせていた。
「どうしたら二人を止められるのかな・・・。あの二人の事情を知っていそうな・・・あ!!」
仲裁に適任の人物を思い出して、小太郎は目を輝かせたのだが。
「・・・って、もう日和さんの時間は終わってるじゃないか〜!!どうしよう、夜狩じゃ火に油のような気がするし・・・!!」
その時、二人が会話を交わしていたと思うと急に強い風が吹いて、小太郎はしりもちをついた。
吹きつける風に舞い上がる砂埃。小太郎はとっさに目を瞑った。
「うわっ・・・!!な、なんだ!?」
微かに開けた目に映ったのは、自分に向かって飛んで来る大きな木片。ぶつかると思い、再びぎゅっと目を瞑った。
「・・・・・・!!」
しかし、いつまで経っても思っていた衝撃は来ず、むしろあんなに強かった風の圧力を感じない。
「・・・・・・・・・何事だ?我の眠りを妨げられた」
聞き覚えのない声が、すぐ近くで発せられた。小太郎がそうっと目を開けると、まず目に入ってきたのは楓。
きょとんとした小太郎だが、よく見ると、それは着物のようだった。
「だ、誰・・・?」
ゆっくり目線を移し、見上げると、紅と黄の髪をもった青年が小太郎を見下ろしていた。
「強い気を放っている。そうか、お前が、あの力を・・・」
言いかけて、小太郎が呆気に取られているのに気付き、手を差し出す。
「・・・立てるか。怪我は無いか」
「あ、ありがとうございます。・・・えっと、あなたは・・・」
差し出された手をとって立ち上がり、ぱんぱんと制服の汚れを払って、小太郎が頭を下げると、その青年はゆっくりと頭を振った。
「お前が頭を下げる必要は無い。我は成すべき事を成したまで。・・・我は唐紅」
「え、えっと・・・僕は小太郎です」
突然現れた唐紅と名乗った人物に、聞くべきことを聞こうと、小太郎はためらいがちに口を開く。
「ええと、からくれない、さん?ですか、あなたは・・・神様なんですか?」
すると唐紅は、首を縦に振った。
「そうだ。我はこの神社の近くにある楓の木の化身。強い気を感じ、眠りから覚めたのだ」
「?」
「・・・お前を守護するのが我の望み。ならば我がすべき事は一つ」
小太郎の目をじっと見て、唐紅は言った。
「我と契約を、小太郎」
「え、ええっ!?何でですか!!」
「・・・我は契約しなければ力を使えぬ。お前を守るためには、契約をするよりない」
神の方から契約を望まれたのは初めてで、小太郎は慌てた。
「ま、待ってください!!何で、そんな急に・・・!!」
すると唐紅は微かに眉を寄せた。
「急?・・・急ではあるまい。我はお前がここに来るのを知っていた。何より、以前にもお前を守るのが我の役目だった」
「以前・・・?ちょっと待ってくださいよ、僕、前にもあなたに会ってるんですか!?」
今度は首を横に振る。
「いや・・・今のお前とは会った事は無い。以前・・・お前が小太郎として生まれるより前の、古の話だ」
「い、いにしえの・・・?よく、分からないです」
「わからずともよい。・・・いや・・・お前はわからなければ納得しないか。以前もそうであった。・・・・・・ならば、我の記憶を見せよう」
一人でなにやら呟き、一通り納得した後、唐紅は記憶を見せると言って小太郎の額に手を当てた。
「わ・・・。あ、あの・・・」
「・・・・・・目を閉じなさい。次第に見えてくる」
言われるままに目を閉じると、今いる神社とは別の景色が広がった。
「うわっ・・・!!な、何だ!?どうして!?」
桜の花びらが舞い散る景色。どうやら春のようだ。
「・・・・・・これが我の記憶。・・・静かに、心を落ち着けて見なさい」
確かに、小太郎が動揺する度に映像が少しぶれる。小太郎は深呼吸をして、映像に見入った。