「ごちそうさま。いってきます!!」
小太郎が朝食をとり終わって食器を片付け、慌てて玄関から出ようとしたとき、後ろから微かに足音が聞こえた。
「・・・・・・白迅。ついてくる気なの?」
「え?ダメ?」
小太郎が思ったとおり、後ろでそわそわしていたのは白迅だった。
「ダメに決まってるだろ!目立つし!関係者以外立ち入り禁止なの、学校って!!」
遅刻しそうなのに構っていられないとそわそわする小太郎に、白迅はいたってのんびりとした口調だった。
「ああ〜だろうね、うん。そうだと思ったよ〜。だから、これならいいでしょ?小太の鞄にでも入ってればいいし」
ぽんっという音とともに、小太郎の視界から白迅の姿が消える。
「し、白迅?」
「おーい小太郎、どこ見てるんだよ〜。こっち、こっち。下!」
ゆっくりと小太郎が視線を下に移すと、そこにいたのは白いウサギ。
「・・・しーらーはーやーっ!そうまでしてついてきて何になるっていうんだよ!第一、
ウサギになれるんなら最初からそうしてたらいいだろ!」
「いやだって、ね、ウサギ形態はけっこう面倒だし、何もできないんだよ。それに、
ついていかなきゃキミが危なくなっても間に合わないかもしれないだろ?」
「神様なんだから、ぱっと瞬間移動とかできるんじゃないのか」
「・・・・・・あ、そっか」
小太郎が呆れながら指摘すると、白迅はぽん、と手、いや、前足を打った。
「いや、まあそうだよね。うん。僕にもそれくらいはできるっけ。すっかり忘れてたよ〜」
はははは、と笑う白迅に、小太郎はため息混じりに言った。
「・・・あのね、ウサギが二本足で立たないでくれる?全く・・・これじゃウサギでも目立つのは変わらないじゃないか」
「おっと。ついつい。じゃあ小太郎、いってらっしゃい〜。危なくなったらすぐお兄さんを呼びなさい」
「誰がお兄さんだよ!!・・・いってきます!」
ぽん、とまた人型に戻った白迅に送り出されて、小太郎は小走りで家を飛び出した。

「よーっす小太郎!今日も・・・って、例のアレはもう昨日で最後だったんだっけな」
「ひろ・・・なんでだろうな〜、お前の顔見て落ち着くなんてさ」
「お、どうしたどうした?友達歴8年にしてこの広様のフェロモンにやられたか?」
中学校に登校し、半分泣きそうに小太郎が広を振り返りそう言うと、広はおどけたポーズをとってみせた。
「・・・ん?でもお前、何か疲れてる〜って顔してるぞ」
広が顔を覗き込むと、小太郎は苦笑して言った。
「まあね。でかいウサギが一匹、家に住み着いたせいかな」

「・・・じゃあ、僕委員会の仕事があるから」
「おう、俺は帰るわ。お前の委員会、図書だろ?手伝いたくねえもん」
「あははは、じゃあね」
「おー」
放課後、階段の踊り場で広と別れた小太郎は、校舎2階の図書室を目指した。
まだ空も明るく、何より今日はいい天気だったと小太郎は安堵する。
「それもこれも・・・白迅が変なこというからだ」
危ない、と。白迅は言った。
自分の身に何か起こるのかと、一日中気になって仕方がなかった小太郎は、ほっと息を吐いた。
図書室に入ると、独特の静かな空気。小太郎はこれが好きで図書委員をやっているようなものなのだ。
放課後の仕事は、本の整理整頓。時々とんでもない場所になってしまっている本を見つけ、
正しい場所に入れなおす、根気の要る作業だ。
「やっぱり他には誰もいないのかあ・・・。よし、やるぞ!」
学生服の腕をまくって、小太郎は気合を入れた。

「ご苦労だったな川崎、今日はもういいぞ」
「・・・あ、はい先生。お疲れ様でした」
図書委員の担当の教師に声をかけられ、小太郎は自分が思いのほか作業に集中していたことを知った。
もう窓の外は薄暗くなってきている。あれからかなりの時間が経ったのだろうが、
その実感もないほど小太郎は集中していたようだ。
「やばいやばい、早く帰らないと!」
別に門限などない小太郎の家だが、小太郎は毎日早く帰っている。
その習慣のせいか、急いで小太郎は階段を駆け下りた。
はずだったのだが。
「・・・・・・・・・あれ?」
何もない。図書室そばの階段を下りれば、生徒玄関へ続く廊下が伸びていたはずだが。
「どうして、何で真っ暗なんだよ!ここは学校だろ!?」
目を凝らしても、見えるものは何もない闇。手を伸ばしても何も触れてこない。
さっきまで触っていた階段の手すりも、ない。
「何だよ・・・何が起こってるんだ!?」
ふと、小太郎は白迅のことを思い出した。呼べば必ず来ると言っていた。
だが、小太郎は前に進んだ。
もしかしたら、抜ければ普通に廊下かもしれない。
そう思って、一歩踏み出した。
「うわっ!!」
踏み出すと、がくっと落ちる感覚。とっさに何かにつかまろうとしても、そこには闇しかない。
「わあああああっ!!」
何も分からない闇の中で、小太郎はふっと白迅のことを思った。