参拾壱


小太郎はしばし香仙の柔らかな雰囲気に和んでいたが、はっとあることに気付いた。
「・・・あ!!僕、体育の授業に出ないと!!」
授業に向かう途中で襲われたため、目的を見失いかけていたが、小太郎は体育の授業に出る予定だったのだ。
「香仙さん、ありがとうございました!!えっと、じゃあ僕行かないと・・・」
そう言って駆け出そうとした小太郎の手を、香仙がきゅっと掴んだ。
「まあまあ、そんなに慌てないでよぉ。それなら、アタシが何とかしてあげるわ。ね?」
それから、きょとんとする小太郎に人差し指を立てて言った。
「それに、唐紅が守る子は、アタシの守る子でもあるの。アタシたちは、いつも一緒に同じ使命を持っていたもの」
「唐紅さんと、香仙さんが?」
興味を引かれたらしい小太郎が向き直ると、香仙は手を離した。
「そうよ。授業の方は大丈夫、アタシが何とかしてあげるから、ちょっと聞いてお行きなさいな?」
そう言ってまたウインクした香仙に、小太郎は頷いた。

二人並んで校舎の傍に腰掛けて、まずは香仙が口を開いた。
「まずは、アナタのコトを教えて頂戴ね。小太郎、アナタは・・・『力』を持ってるのかしら?」
「あ、はい。一応、白迅たちにはそう言われてます」
それに頭を掻きつつ答えた小太郎に、香仙が抱きつく。
「やぁだ、そんなに堅くならなくてもいいのよ!!大丈夫、アタシは悪い奴じゃないわよ。
なんなら、唐紅に来て貰う?」
「は、ははは・・・いえ、大丈夫です。香仙さんは悪い神様じゃないって、僕も思いますし」
この抱きつかれた状態で唐紅を呼ぶわけにもいかない小太郎は、己の本能に従ってそう答えた。
「ふふ、それは良かったわ。唐紅が守ってる子に嫌われたら、アタシ悲しいもの。
唐紅とアタシは、葉と花ではあるけど、一応木の化身だものねぇ」
「香仙さんは、何の神様なんですか?」
小太郎の問いかけに香仙はふふっと笑って、目の前に根を下ろす木を仰いだ。
「コレ。・・・アタシは、この学校の裏の、梅の木。結構幹も太いでしょ?あ、だからって老木だとか言ったら怒るわよ?」
「あ、だから学校にいたんですか」
ようやく合点がいった小太郎がぽんと手を打つと、香仙はにっこり笑った。
「そういうコトね。そしたらこぉんな可愛い子が闇に襲われてるんだもの、びっくりしちゃったわよ」
それから香仙はようやく小太郎を解放して、真っ直ぐ木を見つめた。
「元々、唐紅もここにいたのよ。でもねぇ、木自体の寿命が短かったみたいなの。
唐紅は、まだ使命を帯びている最中だった。アタシは、まだだったんだけどね」
ふっと、香仙は言葉を切り、空を見上げる。
微かに太陽の光が見えてはいるものの、鉛色に染まりどんよりとした空。
再び口を開く香仙を、小太郎は静かに見つめる。
「・・・まだ死ねないってことで、唐紅は別の木に移っていったのよ。それでアタシも、
相棒もここまでかしら〜なんて思ってたら、ねぇ?」
「まだ一緒の使命を持ってるってことなんですね」
小太郎が言うと、香仙は頷いた。
「そう。それからも、唐紅が守る子は必ず、アタシも守ることになったわ。今回もそういうコトなのねぇ」
ふうっと息をはいて、香仙は小太郎に向き直った。
「そんなワケだから、アタシはアナタと契約しなきゃいけないのよ。小太郎、アナタは・・・嫌かしら?」
「いえ、・・・えっと、是非お願いします」
小太郎がぺこりと頭を下げると、香仙は楽しそうに笑い声を上げた。
「まあ、おほほほほ!いいのよ、そんなにかしこまらなくたって!!
アタシはアナタを守る、なら小太郎ちゃん。アナタは堂々と守られてればいいと思わない?」
なにせアタシが守るんだから、と香仙は笑った。
「あははは・・・じゃあ、これからお願いしますね香仙さん」
それに頷いて、香仙はさっそく契約印を描き始めた。