参拾弐


契約も無事に終了し、小太郎は香仙の後ろについて歩いていた。
もちろん、遅れてしまった授業を「なんとかして」もらうためである。
「・・・香仙さん・・・本当にこんなに堂々と歩いて大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。もう、小太郎ちゃんは心配性ねぇ。心配しなくても、アタシにはちゃーんと考えがあるわよ」
そわそわ、きょろきょろしながら後ろを歩く小太郎に笑ってみせて、香仙はすいすいと廊下を歩いていく。
「・・・・・・はあ・・・僕は今日ほど教室の戸のガラスがすりガラスだってことに感謝した日はありません」
小太郎が呟くと、控えめだが楽しげな笑い声が聞こえた。

「さて、後は先生・生徒諸君をどうにかするだけねぇ」
体育館の入り口に隠れて、香仙が呟いた。
「ど、どうするんですか?みんな好き勝手にしてるけど・・・」
小太郎がいないことに気づいている生徒も多いだろう。小太郎は香仙に心配げに言った。
「そうねぇ・・・仕方ないわ、小太郎ちゃん、ついてきてね」
そう言うと、香仙はすたすたと体育館の中に入っていった。
「え!?あ、待ってください香仙さん!!」
小太郎も慌ててその後ろを追いかけて入った。
すると香仙は真っ直ぐ体育担当の教師へ向かって歩いていった。
「・・・アナタがセンセ?」
香仙の問いかけに、ぽかんとしたまま答えられない教師の代わりに、小太郎が頷く。
「そう。じゃあ・・・アタシの目をじっと見てね・・・」
香仙の瞳の色が翡翠のような緑から、紅に染まる。
持っていた扇子を閃かせると、ふわりと梅の花の芳しい香りが広がった。
それは体育館全体に扇子が起こす風に乗り、広がっていった。
「さ、これでみんな小太郎ちゃんが初めから授業にいたような気がしてるはずよ。
さっとみんなに混ざっちゃえば、一件楽着ってワケ」
もちろんアタシのことも忘れてるわ、と香仙が笑って言った。
「ほら、早く早く。みんながぽーっとしてる間に、混ざっちゃいなさいな。
アタシは梅の木に帰るから、何かあったら遠慮しないで呼んでね」
「あ、ありがとうございました!!」
すうっと姿を消した香仙に慌てて礼を述べると、小太郎は広の傍に駆け寄り、
最初からそこにいたかのように振る舞った。
それを不審に思う教師はもちろん、生徒も誰もいなかった。