参拾玖


学校にいる間、ずっと香仙の柔らかな気配を感じていた小太郎は、
以前より格段に「小太郎保護体制」が強化されている事を感じていた。
「みんな・・・やっぱりなんだかんだ言って、意識してるんだよな・・・牙血、って神様の事」
あの夢の人物が、牙血だという事なのだろうか。
蛇のような、冷たい印象の瞳。
眼からも悪意を感じることが出来ると小太郎が知ったのは、あの夢を見たときだった。
「・・・っ、もう、考えない考えない!!」
思い出しただけで身震いした小太郎は、帰りの道を足早に歩き始めた。
いつもと変わらない帰り道。
ススキが揺れ、赤とんぼが飛び交う。
これで、何もなければ最高の景色、だったのだが。
「・・・・・・呼んでる・・・誰かが・・・」
そう。呼んでいる。
「・・・小太郎」
誰かは分からない。聞き覚えの無い声。
声の低さから考えて、女の声ではない。
頭の中に響くような、外から聞こえているような、不思議な感覚。
こんなことが出来る人物は、まず人間では無い。
とすれば。
「・・・神様、もしくは・・・・・・闇」
以前ならば、心霊現象かと疑っていたところだが、状況が状況。
小太郎もいい加減、そのくらいの見当はつけられるようになった。
「・・・小太郎、来て、私のところに」
「・・・うわっ・・・!!」
呼ばれた瞬間、小太郎は目の前が真っ白になった。

次に小太郎が立っていたのは、ススキが揺れる草原。
さっきまでの通学路ではない。見たことのない景色に、きょろきょろと辺りを見回す。
「・・・小太郎」
呼んでいたものと同じ声。小太郎はその声の方向に振り向いた。
「やっと会えた、小太郎。・・・私が見えるかい」
「・・・あなたは・・・」
異様な姿だ。
流れるような朱の模様が入った仮面が、顔の上半分を覆っている。
長い髪は、翡翠のように滑らか。
緑を基調にした着物は、落ち着いた色合いの狩衣。
一目見て、小太郎はこの人物は神だと思った。
「・・・君が、今の力の持ち主・・・だね」
静かな声は、男のもの。背丈は高いが高圧的な感じはなく、むしろ柔らかな空気を纏っている。
「はい、あの・・・あなたは、神様なんですか?」
「・・・私は神であり、神では無い、といわれる存在。・・・でも、君に危害を加えたりしない。安心して」
神であり、神では無い。
その意味を取りかねて、小太郎が首をひねると、目の前の人物は口元を笑みの形に緩めた。
「神と考えてくれても、構わない。似たようなものだから。それよりも、君に伝えたいことがあるんだ」
「伝えたいこと・・・?」
小太郎の問いかけに応えるように、すっと腕を上げ、一点を指差す。
「・・・あちらへ。・・・・・・君を助けてくれる人が待っている」
「え、あの、どういう意味・・・」
小太郎が言い終わらないうちに、目の前の男はすうっと透き通ってゆく。
「えっ・・・!あ、あの、あなたは・・・!!」
「・・・無明。そう呼ぶ者もいた・・・」
それだけ言い残して完全に、無明と名乗った人物は姿を消した。
「むみょう・・・さん。・・・何者なんだろう。神であり、神では無い存在・・・」
それから、先程無明が指差した方向に目を向ける。
「やっぱり・・・行ってみた方がいいんだろうな・・・」
ざあっと風が吹いて、沢山のススキを揺らした。