四拾漆


「・・・から、それは僕のせいじゃないじゃーん!」
「うるさいっ!!お前が…」
またしても白迅と八魂が言い合いを始めたが、先ほどと違い足は止まらない。
「はーいはいはい、ふたりとも、とにかく歩いて頂戴なっ」
香仙が二人の背中を押しながら歩いている。
「ははは…いつになったら、家に着くんだろ…」
小太郎が苦笑する。
その時、不意に風が吹いた。風向きが変わる。
「…嫌な風ですね…」
日和が何かを感じ取り、僅かに眉根を寄せた。
「……ふ…、相変わらず暢気だな…白迅」
「この声…!!」
どこからか声がする。白迅は素早く辺りを見回すと、その姿を視界に捉えた。
「久しぶりだな…オレを忘れたわけじゃあないだろう?」
「牙血…!!」
白迅が驚きに目を見開くと、牙血は喉の奥で笑う。
「そんなに驚くことは無いだろう…お前だって分かっていたはずだ」
この時が来るのを。
「……分かってたよ、そんなの。ただちょっと…早すぎたかな。あーあ、もうちょっと空気読んでくれないかな〜」
「牙血…ホントにアンタ復活してたのねぇ。この目で見るまでは…信じられなかったけど」
白迅が常の調子を取り戻して言い、香仙がすうっと目を細める。
「香仙…お前も相変わらず、か…」
牙血は楽しげに口の端を上げたが、すぐに厳しい表情になる。
「オレは昔を懐かしみに来たわけでもなければ、遊びに来たわけでもない…」
「…小太郎に手は出させぬ」
「唐紅さん…!」
唐紅が小太郎を庇う位置に立った。
「唐紅…お前に出来るのか?昔のこととはいえ、忘れてはいないだろう?」
「…出来ぬとしても…やらぬわけにはいくまい…!」
牙血を見据え、自分に言い聞かせるように言う唐紅の隣に、八魂と昇姫も進み出る。
「オイラも小太郎を守るぞ!お前になんか、負けるか!」
「わたしも、お手伝いします。あなたを小太郎に近づけるわけにはいかない」
「ふ…随分と、嫌われたものだな…。…オレが、怖いか?」
最後の問いかけは、小太郎を見据えて発せられた。
今まで雰囲気に飲まれていた小太郎が、我に返る。
「僕、は…」
その時、ほんの少し、白迅が小太郎を振り返ったように見えて。
「…大丈夫」
確かに聞こえた励ましに、頷く。
「…僕は、怖くなんかありません!」
真っ直ぐに牙血を見据えて、力強く言い放つ。
「これは…、後が楽しみだな。…お前のような奴は、嫌いじゃない」
楽しげに笑う瞳は冷たく、言葉とは裏腹。
「…とりあえずさ〜、ソコ、どいてくれないかな」
白迅が言うと、牙血は笑う。
「そう言われて、道を譲ると思うか?」
「思わないけどさ…出来るなら譲って欲しいってだけじゃん〜」
仕方なさそうに頭を掻く白迅に、日和が耳打ちする。
「…白迅。退きましょう」
「日和?」
「私たちが優先しなければならないのは、小太郎の安全ですよ」
その言葉に、白迅は頷く。
「そうだね…。うん、どうにかしよっか。今日は、まだ…ね」
言うと、白迅は唐紅に何事か伝えると、皆を振り返った。
「さ、走るよ〜!」
言うなり踵を返して駆け出すと、それに日和が続く。
「え?あれ?オイラもか?」
「仕方ないわねえ…走ると髪が乱れちゃうじゃないのっ」
「行きましょう、小太郎」
「え、あ、はいっ」
釣られるように八魂、香仙が走り出し、昇姫が小太郎の手を引いて走る。
「まあ、今日は挨拶程度だと思って見逃してやるさ…これで終いだとは、思っていないんだろう?唐紅」
牙血が、一人残った唐紅を見据える。
「思わぬ。…が、いずれ、終わらせよう」
指を鳴らすと、楓の葉が舞った。
楓の嵐が収まるころには、唐紅の姿も、走る後姿も消えていた。
「ふ…相変わらず…可笑しい奴らだ…」
笑う瞳は鋭い光を放ち、薄闇を見つめた。