四拾玖


その日の夜。
「あー、何かすっきりしねえな…!俺がいりゃあ、牙血の野郎をぶん殴ってやったのによ」
夜狩が胡坐をかいて苛々と言う。
「ちょっと〜、殴ってどうするのさ。…第一、日和はたぶん…僕らじゃ敵わないと思って、逃げようって言ったんだよ?」
白迅がそんな夜狩にため息交じりで言い返した。
「っつったってよ……。ああ、わかってる。わかってんだよ、本当はな。…だからって黙ってることも、俺には出来ねえって言ってんだろうが」
常に無くいらついた様子の夜狩に、唐紅が淡々と言う。
「…牙血は…力を蓄えていたようだ。強い気を放っていた。それとも、他に何かあるか…」
目を伏せた唐紅に続けて、香仙も口を開く。
「アタシたちだって、結構な力があるはずなのよ?牙血ひとりにアタシたち全員が敵わないなんて、一体どういうことなのかしら…」
「うーん…うーん…オイラ、わかんないぞ…」
八魂が頭を抱えた。
「…明日、日和さんに聞いてみませんか?もしかしたら、何かわかっていたのかもしれないです」
昇姫が言うと、白迅が頷いた。
「今のところ、ソレが一番確実かもね。…日和なら、あり得ない話じゃないし〜」
「あのさ、…皆、牙血を知ってるんだよね。どういう知り合いなの?」
小太郎がおずおずと口を開くと、視線が集中する。
それに怯んで小太郎が一歩下がろうとすると、白迅がふっと笑った。
「……僕ら、というよりはね…。僕の、知り合いだったんだ。知り合いというか、悪友というか…」
そんな感じ、と言って寂しげに笑う白迅に、夜狩がため息をつく。
「牙血もなあ…俺が知る限りじゃ、あんな暗い奴じゃなかったんだぜ。それなりに、普通だったんだけどよ」
「何があったか、僕にも分からないけど…とにかく、変わっちゃったんだ。きっと何かが…」
深刻になったその場の空気に耐え切れず、香仙が唸る。
「ん〜…もうっ!!アナタたち、いい加減になさいなっ!!ここで悩んでたって、仕方ないでしょう!情けない男共ねえっ」
「香仙…。…キミだって、男のくせにっ!?」
語尾が跳ね上がったのは、香仙が愛用の扇子で白迅を殴ったからである。
「白迅〜?改めて言わなくても、良いのよ?そういうことはねぇ?」
香仙の笑顔に、白迅の顔がひきつる。
「あは、あはははは…。えっと、うん!香仙の言うとおりだね!いいこと言うじゃん〜!!」
そのまま、あはははは、と笑いながら香仙の扇子が届く範囲から抜け出す白迅に、香仙がこっそりと苦笑した。
「…全くもう…。アナタがいつもの調子じゃなくて、どうするのよ、ねえ?」