伍拾


「行ってきますっ!!」
ばたばたと小太郎が駆け出す。
「急いで小太郎!!早くしないと間に合わないわ!!」
「はいっ、昇姫!!ありがとう!!」
「いってらっしゃーい、小太郎〜!!早く帰って来るんだよ〜」
昇姫が池から姿を現し、手を振るのに応えて再び前を向くと、後ろから間延びした声が響く。
「…全くもう、母さんみたいな言い方して…」
白迅の台詞に苦笑しながら、朝の通学路を走る。
その隣に、さっと影が走った。
「おはようっ、小太郎!!オイラも途中まで行く!!」
「おはよう…って、八魂!?…可愛い…」
柔らかな毛並みがふわふわと揺れる子狐の姿は、なんとも言えず可愛らしい。
「もー!!可愛いとか言うなよっ!!仕方ないだろ、人の姿は目立つからやめなさいって唐紅が言ったんだ!!」
言いながら軽快に走る八魂にいつの間にか先導されるような形になりながら、小太郎が苦笑する。
「唐紅さん…気を遣ってくれたんだなあ」
八魂と唐紅の住処は近所である。人の姿をとったまま駆け出す八魂に気づいて、唐紅が忠告する姿が目に浮かんだ。
「夏緒も貴方ほどではありませんでしたが、中々の照れ屋でしたからね。唐紅もそれを覚えていたのでしょう」
上から声がする。
「日和さん!!おはようございます!!」
走りながら上を向くと、白い梟の姿。
「おはようございます、小太郎。今日も走っているのですね」
にこりと笑う顔が見えたような気がして、小太郎は苦笑した。
「はい…、急いでるんです、これでも」
校門が見えてきた。小太郎は前を見据えて、ひたすら走る。
「じゃあな、小太郎っ!オイラここまでだ!行ってらっしゃい!!」
狐の姿をとった八魂が止まる。
着物も珍しいが、狐が道路を走るというのも十分珍しい。
人が多くなってくる前に、八魂は小太郎を見送った。
「うん、ありがとう八魂!行ってきます!!」
小太郎は止まらず走ったまま手を振り、再び前を向く。
校門をくぐると、日和はふわりと旋回した。
「それでは私もここまでです。気をつけて行ってくるのですよ、小太郎」
すいっと向きを変えて行ってしまった日和を見送って、小太郎は笑顔で呟いた。
「…行ってきます」
空は快晴。