伍拾四


「ん〜っ、今日も疲れたなあ…!!」
大きく背伸び。
放課後の空気はうまい、と小太郎はにこにこしながら家路に着く。
ひろがどうしてもサッカー部の助っ人に行かなければならないと言うので、ここ最近小太郎は一人で帰っていた。
白迅には一人になるなと重ね重ねしつこく釘を刺されてはいたものの。
「いつも誰かが必ず来てくれるから、そんなに心配はいらないんだけどね」
その通り。
小太郎が帰る頃になると、梟姿の日和が飛んできたり、狐姿の八魂が駆けて来たり。
少し遅くなれば白迅が自ら迎えに来たり、飛んでくる梟が黒っぽい羽を持つものに変わったり。
とにかく一人にしないように、と皆で協力してくれているようなのだ。
「まあ、歩いてれば誰か来るかな」
そう予想してすたすたと歩き出す。
歩きながら辺りを見回すと、何ら変哲の無い普段どおりの通学路。
「…ん?」
の、はずだったのだが、ひとつ見慣れないものを見つけた。
紺色の塊、いや、紺色の衣を纏った人が倒れている。
「え!?だ、大丈夫ですか!!」
慌てて駆け寄ると、雪のように輝く髪が覗く。
「う…」
少し呻いたのを聞き、気を失っているだけなのだろうと、とりあえずほっと息をつく。
「あの、大丈夫ですか!!しっかりしてください!」
体を揺さぶりながら大きな声で呼びかける。
すると、僅かに目が開いた。
「…?」
状況を把握できないような戸惑った瞳は紫水晶の色。
「あの…あなたはここに倒れていたんですけど…わかりますか…?」
開いた瞳がぼうっと空を見つめる様子に、ためらいながらも小太郎が再び声をかける。
「…君、は?」
ややあって、ようやく口を開いたその人物に、小太郎はほっとして笑いかける。
「僕はちょっとここを通りかかっただけなんですけど…大丈夫ですか?」
「…うん。大丈夫…」
起き上がりながらつられるように笑った顔は、思ったよりも大丈夫そうだと小太郎は安心した。
「…名前」
ぽつりと言われた言葉にきょとんとしてから、小太郎は苦笑した。
「あ、僕は小太郎です」
「小太郎…」
繰り返す声に、小太郎は頷く。
「…ぼくは、透絡」
「…すきから、さん?」
「うん。そう」
言われた名前を繰り返すと、ふわりと笑った。
小太郎より歳は上に見えるのだが、どうも頼りないふわふわした雰囲気を放って置けなくて、
小太郎はつい帰りそびれてそのまま透絡に話しかける。
「えっと、透絡さん。…倒れてたみたいですけど、どうしたんですか?」
「…どうしてだろう」
「え」
どうしてと聞きたいのはこっちだ。
小太郎は思わず固まった。
「わからない。ごめんね」
「い、いえ、謝ることは、無いんですけど…」
慌ててぶんぶん首を振ると、またふわりと透絡は笑った。
「小太郎は、やさしい」
「え?あ、いえ、そんなことは無いですけど…」
倒れている人を放っておけるほうが少ないと小太郎は思うのだが。
「ううん。やさしい。…あのひとみたいに」
「え…?」
ぽつりと言われた最後の言葉は、小太郎の耳には届かなかった。
「ぼく、もう行かなくちゃ」
「あ、はい、気をつけて」
言いながら立ち上がる透絡に、また倒れないように、と小太郎が声をかけるとやはり透絡は笑顔を見せた。
「ありがとう」
瞬間、ざあっと強い風が吹いて、小太郎はとっさに目を瞑る。
再び目を開いたときには、透絡の姿はどこにもなかった。