〜NightMare Crisis〜
01



 狐の嫁入りが降っている。すぐに止むだろうと踏んで、玄関で待つことにした。
 雲ひとつない空から降る雨は、不思議と不快感を与えない。これで暑さも和らぐだろう。ひやりとした空気が頬を撫ぜた。
「奈輝」
 振り向くと、赤い髪の少年がいた。
「圭太」
「お前もいま帰り?」
「ああ。止むのを待ってる」
「そっか。俺もそうしよ」
 傘持ってねぇし、と圭太は苦笑した。狐の嫁入りはパラパラと降り注いでいる。
「こういうの何っつうんだっけ? シンキロウ?」
「全然違うぞ・・・・・・。狐の嫁入りだ」
「そうそう、それそれ! ってことはいま、どっかで結婚式やってんだろうなぁ」
「どうだかな」
「やっぱウエディングドレス着るんだろ、キツネが」
「・・・・・・」
 あまり想像したくない。
 下らない話をしているうちに、段々と小降りになってきた。もうすぐ止むだろう。
「なあ奈輝」
「なんだ」
「間の奴、結局何が言いたかったんだろうな」
 いつも寂しげに笑っていたクラスメイト。その顔が目に浮かんだ。
「・・・・・・知るか」
 奈輝はそう答えた。
 間覚志が行方をくらましてから二ヶ月が経つ。捜索は続けられているらしいが、彼の足取りは全くつかめていないらしい。まるで消え失せてしまったかのように。


 覚志の姿を最後に見たのは奈輝だった。その時、覚志の様子が普段とは違っていたのは覚えている。いつもの寂しげな表情はなかった。何かを決意したような真剣な表情。そこには一片の迷いもないように見えた。
『東くん』
 いつになく真剣な声だった。ふわふわとした印象を与える、いつものやわらかさが欠けていた。
『僕は悪夢を壊しに行くんだ。これから』
『・・・間? どうした急に』
『決めたんだ。東くんなら笑わずに聞いてくれるって思ったから』
『おい、話が読めんぞ』
『うん、わからないように話しているから』
『間・・・・・・?』
 覚志の笑みは力強かった。それが却って奈輝を不安にさせていた。
『もう行かなくちゃ。それじゃあ、また』
『おい間、どういうことだ。説明しろ!』
『ダメだよ。絶対にダメだ』
『・・・っ、間』
『だって』
 一瞬、覚志の顔に翳りが生じたのを覚えている。


(『君も戻れなくなる』・・・・・・か)
 最後に覚志の姿を見たのは自分だったので、警察にも事情を聞かれた。最後の会話も警察に話した。自発的な失踪と事件に巻き込まれた可能性との両面から捜索されているらしいと聞いた。
 間はまだ見つかっていない。それでいいんじゃないだろうかと時々思ってしまうのは、何故だ。
「・・・おい、奈輝!」
「!」
 すっかり物思いに耽ってしまっていた。いつの間にか狐の嫁入りも終わってしまっている。
 圭太は仕様のない奴、という顔をした。自分が物思いのきっかけを作ったくせに、と少々不服に思う。
「全く、キツネも呆れて帰っちまったぞ」
「止むのを待ってたんだろうが」
 そう言い返すと、圭太はぺろりと舌を出した。
 濡れたアスファルトが雨の匂いを残している。奈輝は圭太に向かって軽く手を上げてみせた。
「それじゃあ、またな」
「おう。また明日な〜!」
 嫁入りの終わった後の空は、じわじわと赤く染められていった。


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2008/03/14