「あ、阿八女〜! こっちこっち!」
 光がぶんぶんと手を振っている。ファミレスの中で叫ぶのはやめて欲しい、と玲莉は思った。流石に恥ずかしすぎる。
「鮎川・・・叫ばなくても聞こえるってば・・・」



〜NightMare Crisis〜
05

- side R -



「え〜、そう?」
 光は不服そうだ。玲莉は苦笑しながら光の向かい側のシートに座ろうとした。しかし光が自分の隣のシートをぼすぼすと叩いたので、玲莉は光の隣に座ることになる。
「話って? 何かわかったのか、鮎川」
「んー・・・わかったっていうか、ねぇ」
 光はそう濁しながら、呼び出し用のボタンを押した。すぐに店員がやって来る。
「ミックスピザ一つと、ドリンクバー二つ。・・・阿八女は? 何か食べる?」
「いや、いらない」
「じゃあ、それだけで」
 光はやって来た店員にそう言いつけると、玲莉の方に向き直った。光の前には殴り書きのされた紙の束が置かれている。
「何だ、それ?」
「ただのメモよ。あたしなりに事件の経過を整理したってだけ」
「へえ・・・」
 確かに上の方には太めのマジックで『連続失踪事件 経過』と書かれている。肝心のメモの方は玲莉には解読できそうにない。自分でわかればいいんだもの、と光は澄ました顔で言った。
「飲み物もらいに行こっか」
 光に促されて、玲莉は席を立った。光も続いて席を立つ。グラスに氷を入れながら、光がため息をついた。
「あたし炭酸飲めないんだよね」
「そうなのか」
「うん。ここ炭酸ばっかなんだよね。暑いし仕方ないとは思うけどさ」
 光はオレンジジュースを注ぎながらそう愚痴った。玲莉はアイスティーをグラスに注ぎ、それにガムシロップを二つ足して席へ戻った。
「で、今日の話なんだけど」
 光がオレンジジュースを一口飲んでから口火を切る。
「うん」
「ちょっと前にさ、隣の中野市でも失踪者が出てるって言ったの覚えてる?」
「ああ・・・聞いた気がする」
「良かった、覚えててくれて。その失踪者の最後の目撃者、探してみたんだ」
 光は何でもないことのようにそう言った。玲莉はぎょっとする。
「探した、って・・・どうやって」
「あたしの知り合いで中野市に行ってる奴片っ端から当たってやったのよ」
 ふん、と光は鼻息を荒くして言った。
「それは・・・大変だったろ」
「そりゃあもう。面倒くさかったわよ」
「お疲れ。それで、どうだった?」
「失踪した奴の名前は間覚志。中野市立経西高校の二年生ね。甲野と同じ四月七日から行方がわからなくなってる。・・・それで、最後に間覚志を目撃したってのが東奈輝って人。同じく経西高の二年生なんだけど」
 光は勿体つけたようにそこで言葉を切り、オレンジジュースに口をつけた。それから眼鏡を指先でついと上げる。
「連絡、取れちゃったのよね〜」
 その言葉に、玲莉が目を丸くした。まじまじと光を見つめる。
「・・・本当か?」
「ハッタリでそんなこと言う意味ないでしょ?」
「・・・」
 何も言えないでいる玲莉に、光がにいっと笑いかけた。
「神川がかかってんだからね。それくらいはしなくちゃ」
 光は光なりに梢のことを案じているらしかった。何となくほっとして、玲莉は笑みをこぼした。
「それでね。その東君と会えることになって」
 光はそこで言葉を切り、人の悪そうな笑みを浮かべた。玲莉は笑みを凍りつかせる。光がこういう顔をするのは、何か企んでいる時だけだ。
「あ、鮎川・・・?」
「三時にココで待ち合わせだから」
 ・・・それでか。それでわざわざ呼び出したのか。
 突然のことで頭がくらくらしてきた。せめて呼び出す時に言ってくれればいいものを、と玲莉は恨みがましい目つきで光を見つめた。玲莉がそう思っているのを見透かしたように、光はにやりと笑った。
「だって阿八女のそういう顔可愛いんだもん」
「おい、鮎川! お前」
「それに、ねぇ」
 光はオレンジジュースをまた一口飲んだ。ストローが耳障りな音を立てる。
「言ったらココに来てくれた? 阿八女」
「・・・・・・」
「ほらね。あたしってば頭イイ〜」
 玲莉はばつの悪そうな顔をして黙ってしまった。光は機嫌良さそうに笑った。


 ミックスピザ遅いわね、と光が呟いた。玲莉は黙って頷く。それから辺りを見回し、時計を探した。約束の時間まではあと十五分ほどだ。
 沙夜夏が失踪したのと同じ日に起こったという失踪事件。姿を消した少年の、最後の目撃者がもうすぐやって来る。そこまで考えて、玲莉は不思議な感覚に捕らわれた。
 それは、期待でも緊張でもない。
 この感覚は何だろう。自分でもよくわからなかった。
 漸くミックスピザがやって来た。店員が伝票をホルダーに押し込んで戻っていく。光が真っ先に手を伸ばした。玲莉も勧められたが、食べる気になれなくて断った。
 もう一度時計を見る。まだ五分も経っていない。
「阿八女、そわそわしすぎ。ほら、飲み物でも持って来たら?」
 少しは落ち着くんじゃない? と光に促されて席を立つ。グラスはいつの間にか空になっていた。
 何かスッキリするものがいい。玲莉は炭酸飲料のディスペンサーの前に立ち止まる。少し悩んでからサイダーをグラスに注いだ。氷を入れ忘れたことに気づいたが、今更入れる気にもなれなかった。
 席に戻ろうと振り返ると、背の高い青年が店に入ってきたのが見えた。固そうな黒髪の青年が、ふとこちらを振り返った。
 玲莉はサイダーの入ったグラスを取り落としそうになった。
 青年の黒い瞳がじっと玲莉の方を見つめている。青年は微かに眉根を寄せ、驚いたような顔をしていた。


 ああ。、私はこの人を。
 この人を憶えている。

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2008/07/21